次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■リリカル・クロニクル =世界の終わりに悪魔と竜は戯れる= 第1章 04
2010/03/08 Monリリカル・クロニクル
「…ふむ」


 深夜。そんな時間になるだろうか。尊秋多学院の学生寮の自室で佐山は思考の海を漂っていた。


「やはり、現状の全竜交渉部隊では駄目だな」


 ぽつりと呟く。下で眠る新庄を起こさないように。起きればどういう意味だ、と聞いてくるだろう。今はまだ話せないし、話すべき内容でも無い。
 そう、これは自らで気づかなければならないのだ。その理由は、自分の中にしか無い。現状の全竜交渉部隊は絶好調、と言うべきであろう。…そう、絶好調すぎるのだ。互いの短所を補い、互いの長所を生かし切る。そう。それは素晴らしい事だ。


 ――本来ならば、だが。


「…時間も無い」


 残す交渉所は3つ。7th-G。8th-G。9th-G。だが、実質的に交渉が必要なのは7th-Gだけだ。…つまり大規模な戦闘があるのは恐らく後一度のみ。


「そうすれば…来るだろうな」


 「軍」。UCATと敵対する謎の組織。恐らくこちらに全ての概念核が集う時、奴らは仕掛けてくるだろう。その時までがタイムリミットなのだ。故にぐずぐずはしていられない。
 現状の全竜交渉部隊では「軍」には勝てない。断言しても良い。佐山はそう思う。何故ならば、皆、忘れてしまっているか、気づいていないのだから。現状があまりにも心地よいが為に。
 事実、佐山もそうであったのだ。だからこそ、急がねば、と思う。


「私に欠けている物を得る為に」


 そして皆に得させる為に。私は「悪役」になろう。


「…やはり、これしか無いのだな。多少の荒療治ではあるが」









「全竜交渉部隊を、解散させるしか無い」


 誰も聞き取る事なく…佐山の呟きは闇の中へと消えていった。ふと、佐山は視線を移した。そこにはカレンダーが立て掛けてある。暦は、もう11月へと変わろうとしていた。





    ●





 夢を見ていた。
 それはいつも見る空から墜ちる夢だ。
 身体が鉛のように重く、ありし筈の力の通りが悪い。
 力強さが無く、ただ力が抜けていく喪失感。
 必死にかき集めようとして、必死にその力を振るおうとして、足掻いて。
 …だが、それは唐突に、張り詰めた糸が切れるように無くなる。
 ぷつん、と途切れた。
 落下。重力に抗えず、ただ、ただ墜ちていく。
 遠くなる空に手を伸ばす。でもそれは届く事は無く。墜ちていく。
 待って、と声を挙げても届く事は無い。ただ空は遠く。迫るは地面。

 だが、いつものような諦めの気持ちは感じなかった。

 衝撃。そして、全ての感覚がシャットダウンする。
 呼吸をしているのか、どこが動くのか、自分は今生きているのかさえわからない。そこは、無。だが、いつもの恐怖感は、今はまったく感じられない。
 そう、何故ならば、大丈夫、だと信じる事が出来る心があるから。
 拳を握ったつもり。よくわからない。足を動かしたつもり。よくわからない。声をあげたつもり。わからない。自分が何をしているのか、今よくわからない。動いているのか、いないのか、それすらもわからない。
 でも。それでも、恐怖は感じない。心は、常にここにある。
 力なんて、無くても良いんだよ、と。だって――。


「ここに居たい。そう望むなら、資格なんていらない。ただ、そこへ向かって歩いていくだけだから」


 そして目の前が弾けたような気がした。
…実は、気がしたんじゃなくて、実際弾けていたようだ。鼻がジンジンと痛み、その痛みになのはは思わず声にならない悲鳴を上げて飛び起きた。


「~~っっ!!!」
「いつまで寝てるつもりだ?」
「りゅ、竜徹さん?」


 顔を両手で押さえながらなのはが周囲を見渡すと、そこには竜徹の姿があった。その手には即席で作ったようなハリセン。なのはは、思わずここがどこなのかを確認するかのように辺りを見渡す。目の前にあった光景は、自分が寝泊まりしていた飛場家の一室だ。


(…あれ? 私どうしたんだっけ?)


 疲れているのだろうか? 頭が随分ぼんやりとしていて回らない。ぼんやりとしていると再びハリセンで叩かれた。今度は頭だ。さりげなく痛い。


「さっきから何するんですか!?」
「目覚ませ。ボサッ、としてんな」
「っー…この、もう少し子供に向ける大人の余裕とか無いんですか?」
「俺は常に余裕たっぷりだぜ」
「あー。随分な余裕っぷりですね。最大値がどれだけ低いんですか」


 売り言葉には買い言葉。苛立ちを込めた声を漏らしながら、状況を思い出そうとする。


(…竜徹さんとずっと喧嘩してたような記憶しか無い)


 そう。実はあの後、なのはと竜徹は時折、休憩をしながらだが、ずっと喧嘩していたのだ。腹が減れば一度休憩。疲れれば一度休憩。だが、休憩の間に交わしたコミュニケーションが火種になりて、再び喧嘩勃発。そしてまた休憩という事を延々と繰り返していたのだ。
 思わずなのはは欠伸をした。喧嘩している間は草の獣がいなかった為、疲れが取れてない。だが、あれだけ動いていたのにこれだけの疲労とはちょっとおかしい気がする。何でだろ、と思った時だ。


「…あ」
『おはよう。なのは』


 ふと枕を見たら草の獣がいた。どうやら枕になっていたようだ。有り難い、と思い、なのははそっと草の獣を抱き寄せた。草の獣は抵抗無く、なのはの腕の中に収まって。


「うー、置いてってごめんね」
『きにしない。だいじょうぶ。なのは、つかれてる?』
「んーん。もう大丈夫…ふにゃー、ってしちゃう…」


 ぎゅーっ、と草の獣を抱きしめながら再び安眠状態に入ろうとしたなのはの顔面を綺麗に竜徹のハリセンが叩いた。目の前がチカチカするー、とまだ草の獣のリラックス効果で呆けていた思考が思い、そして、3秒ほど数えると。


「三度目はさすがに無いと思うんですけどっ!?」
「顔は二度目だ。三度目じゃねぇ」
「あーっ…子供みたいな屁理屈を…!!」


 まったくこの爺は、となのはは思い、ふぅ、と息を吐く。それに合わせて草の獣もなのはの余剰熱を吸って酸素を吐き出す。その酸素を胸一杯に吸うなのは。あぁ、なんてエコロジー。人類の最高の友だよ4th-G、となんだかトリップしそうになるなのは。さすがにこの一週間ほどずっと竜徹と喧嘩していた為にストレスが溜まっていたようだ。


「そりゃこんな頑固で子供な爺の相手してたら疲れるもんね」
「テメェ。わざわざ声に出して言うか?」
「あれー? 出ちゃってましたねー。やだー、ビックリー」


 わざとらしくそう言い、ベーッ、と舌を出すなのは。それに竜徹がヤレヤレ、と肩を竦めてからなのはをジト目で見て。


「ガキみたいな事やめろよ」
「どっちがですかっ!?」


 とりあえず近くにあった目覚まし時計を遠慮なく放り投げた。顔面ジャストミート。よしスッキリした、と沈む竜徹を見てなのはは満足げに頷いた。そして草の獣を抱いたまま、部屋を後にした。
 あれだけ動いた後だ。どうやって帰って来たのかは知らないが、とりあえず汗を流したいと。流した記憶が無い。記憶が無い間に流したのだろうか? いや、それでも寝汗という物がある。これでも女の子。汗臭いのはイヤだ。


「ねぇ。私汗臭い?」
『さぁ?』


 …そういえばこの子鼻ってあるんだろう。花はあるかもしれないけど鼻は…。
 そんなくだらない事を考えながら、なのはは草の獣を抱いたまま風呂場へと向かった。
 扉を開き、草の獣を置いて、すぐに自分の身につけていた衣服を脱ごうとする。


「…ん?」


 すると何かが目についた。それは服だ。どうやら脱いだ後のような服だ。そういえば、今何時なのか確認するのを忘れた、となのはは今更ながら思い出した。うーん。疲れが取れきってないのか、頭が上手く回ってないようだ。
 ふと、外へと視線を向けた。夜のようだ。なるほど。それなら風呂場に誰か入っていてもおかしくは無い。汗臭いのはイヤだが、先客がいるならば仕方ない、と思い、ふと、先客の脱いだ物であろうその服を見る。
 ブラジャーにジーパンにTシャツにブラにスカートに…。


「…何でこんなぐちゃぐちゃ?」


 明らかに男物と女物が交じったような服。…スカートがあるから女の人が男物を着ていた。という感じではなさそうだ。というかこの家の女の人はそういう人じゃなかった気がする。では、どういう事だ?


「…ブラは、美影さんのっぽいなぁー」


 大きさ的に。そう、大きさ的に。うん、大きさ的に。三回呟いてから自分の胸を見下ろそう。見なかった事にした。大丈夫。これから。フェイトちゃんとかアリサちゃんとかすずかちゃんはちょっとあるけど、まだ私だってこれから。よし問題なし。別に胸が全てじゃない。それに肩凝るしね。うん。問題なし。
 なんだか変な思考になりつつなのはは考える。女物は恐らく美影の物。では、男物の方は? …ジーパンにTシャツ。明らかに少年の物っぽいが…。


「美影さん。背中流しますんで上がってください」
「ん」


 浴槽の方から声が聞こえた。それを聞いて、なのはは思った。なのはは小学校の高学年だ。さすがにこの年頃になると異性。それが例え父親であろうとも一緒に入るのは避けたい物だ。むしろイヤだ。部屋にお父さんが勝手に入ったりすると結構気分が悪くなる。お年頃、という奴なのかもしれない。
 そのなのは思考する。二人は自分より年上。美影は女の子。自分から入ろうというのだろうか? なのはの常識ではそれはあり得なかった。


「な、ななな…何でぇっ!?」


 そしてなのはは自分の常識と現実の差に思わず叫んでしまうのであった。





    ●





「じゃあ、美影さんは身体が昔、不自由で、それで竜司さんと一緒に入る事が多くて今も入ってると?」
「うん」


 少し間を置いた後、脱衣所でなのはと美影は向かい合っていた。風呂から上がったばかりでまだ頬が赤い美影がコクコク、と頷きながらなのはに事情を説明していた。まさかそういう事情があるとは、となのはは思わず恥ずかしさのあまりぽりぽりと頬を掻いた。


「…竜司さんに悪い事しちゃった…大丈夫ですか?」
「……だ、駄目…っぽいです」


 そこにはバスタオルで下半身を隠された裸の飛場が真っ青な顔でビクンッ、と痙攣していた。先ほど、なのはの叫びを聞きつけて、飛場が慌てて弁明しようとしたのだ。
 だが何の不運か、その時ちょうど股間を隠していたタオルが剥がれ、なのはがそれを思いっきり見てしまった瞬間、なのはが悲鳴と共に近くにあった物を手当たり次第に投げ出し、最終的には飛場の携帯電話を投げつけ、それが不幸な事に見事に急所へとヒットしてしまったのだ。
 尚、その時の飛場の顔は、まるで絶望が詰まりに詰まりきった、だが、それでいてどこか逝っちゃったような顔をしていたと、後になのはは語る。


「とりあえず、竜徹さんを草の獣さんに呼んで来て貰ってるのでそれまで辛抱してください」


 それを聞くと飛場はコクコク、と頷き、そのまま痙攣状態へと戻ってしまった。どうやら心底不味いらしい。なのはは申し訳ない気持ちで一杯だった。はぁ、と溜息を吐いて。


「なのは。どうしたの?」
「いや。その、失敗しちゃったなぁ…って」
「失敗は悪くないよ。なのはは知らなかったから仕様がない」


 そう言って美影はそっとなのはの頭を撫でた。それになのはは、あっ、と呟いて美影から離れようとする。それに美影が不思議そうな顔をして。


「…嫌だった?」
「あ、そ、そうじゃなくて。私、お風呂入って無くて汗臭いかな、って」
「…そうなの?」
「はい…」


 それを聞いて美影はんー、と少し考えるような仕草をしてから、そっとなのはの手を取って。


「なら、一緒に入ろうか」
「…え?」
「背中。一人じゃ流せないから、ね?」


 そう言って、微笑む美影になのはは思わず頷くしかなかった。了承を得た美影の行動は早く、なのはの手を引いてなのはを脱衣所に連れて行き、なのはは服を脱いで美影と共に風呂場へと向かう。
 まずは互いに身体を洗う。美影が先になのはの背を流し、今度はなのはが美影の背中を流す。美影の身体にはまだ自動人形の名残が残っていてなのはは少し驚く。先ほどの話が本当なのだな、となのはは確信する。髪とかも本当に綺麗、と少し羨ましく思ったりする。
 そうして身体を洗い合った二人は湯へと浸かる。人肌より少し暖めのお湯は疲れた身体にとても良い。肩まで浸かりなのはは小さく息を吐いた。両手でお湯を掬い、それで顔にお湯を当てて擦る。久しぶりのお風呂だ、とリラックスしたように力を抜く。。
 そして両手で顔を擦りながら、そのまま両手を湯へと落とした。ぱちゃん、と小さな水飛沫の音が風呂場の中に響いていく。ふと、なのはは目の前に視線をやる。そこにいるのは美影。金髪の髪はタオルで纏められて今はタオルの隙間から見える部分しか無い。
 先ほどの感触を思い出す。湯に浸かる前に身体を洗った時に触らせて貰ったが非常に良い髪質だった。そういえば、となのはは自分の髪に触れる。最近髪が傷んでる、と髪を触れて思い、なのははショックを受けていた。
 美影が綺麗なのは髪だけじゃない。スタイルも良いし、肌の色も白い。美人。その一言が思い当たる。羨ましいな、と思う。特に胸は。ふと自分の胸へと視線を下ろす。そこには綺麗な水平線。つまりまな板がある。


(…大丈夫。まだ大丈夫。私小学生。小学生で胸出始めてる親友が二人ほどいるが、気にしない。うん。気にしない。うん。OK)


 とりあえず自己暗示をかけておく。将来への希望は捨てない。というか捨てたくない。現実? 思いっきり目を逸らしてますが? と言いたげな表情のまま、口元まで湯に浸からせる。
 その表情を見て不思議に思ったのか、美影が不思議そうな顔をなのはに向けた。


「どうかした?」
「え? あ、いや、別に」


 湯から口を出して少し慌てたように返答を返す。それに美影はそっか、と頷いた。それに、ホッ、となのはは一息吐く。何だか、深く聞かれたら何だか、答えにくい話だったし、と心の中でブツブツと呟く。そのなのはを、美影はジーッ、と見ていた。
 しばらく心の中でブツブツと呟いていたなのははそれに気づくのが遅れた。気づいた時には少し戸惑って。


「ど、どうかしました?」


 なのはの問いかけ。それに美影が表情を変える事なく、スッ、と身体を寄せて、手を伸ばしてきた。美影の伸ばした手はそっとなのはの手を取って。


「痛くないの?」
「え? 何がですか?」
「身体」


 美影の問いかけ。それはなのはの体調を心配する物であった。美影に問われてから改めてなのはは自分の身体の状態を見てみた。寝ていた間に草の獣が枕になっていてくれた為だろうか? 疲労はそんなに溜まってはいない。
 完全、というわけではないが、一日休んでしまえば回復してしまいそうな物だ。それを確認すれば、美影の方を向く。それから、ゆっくりと首を振る。


「大丈夫ですよ? 特に問題ないですし」

 なのはは言葉を聞いた美影は、そう、と頷いて。だが、美影はなのはの手を離さない。別にイヤではないのだが、どうして握られているのかもわからないので、なのはは少し戸惑うのみだ。
 かといって何故握っているのか? と問うのもなんだか、問えなかったので、そのままにしておいた。少しして、また美影がそっと口を開いた。


「どうして、あんなボロボロになるまで頑張るの?」
「ボロボロ、ですか?」
「帰ってきた時凄かった」


 どういう風に凄かったんだろう? となのはは思う。記憶が無いから覚えていない。気になりはするが、なんだか直視したくない現実を知ってしまいそうで問うのを躊躇してしまった。そんななのはを余所に、美影は更に言葉を続ける。


「なのははどうしてそこまで頑張るの?」
「どうしてって…」
「なのはは、戦う必要無いのに」


 そうだ。なのはに戦う必要などない。だから強くなる必要など無いのに。なのははUCATに所属しているわけでもない。ましてや、全竜交渉部隊とも関わりがあるわけでもない。ただ概念戦争関係者に狙われているだけ。因縁はあろうとも、それは彼女の知らぬ因縁だ。
 美影にから見れば、なのはに戦う理由など無いのだ。いつぞやのヒオ・サンダーソンの状況と似ているがそれとも違う。ヒオには力があった。そしてそれを求められた。それにヒオは答えた。故にヒオは今、全竜交渉部隊に所属している。
 だが、なのははどうだろうか? 彼女はヒオのように力があるわけではない。誰かが彼女に戦って欲しいと頼んだわけでもない。なのに、何故彼女は強くなろうとするのだろうか? 何故…戦おうとするのだろうか? それが美影の疑問だった。
 なのはは美影の疑問にどう答えようか、と迷うように天井を見上げた。湯気によって曇る風呂場の天井は見にくいが、なんとなく美影に視線を合わせているのも気まずくなのはの視線は天井から動かない。


「そうですね。確かに私が戦う必要なんて無いですよ」
「ならどうして?」


 美影は問いかける。瞳は真っ直ぐになのはを見つめ、なのはは少し視線を俯かせる。それからゆっくりと息を吐き出して。


「私が戦いたいと思ったから」
「どうして、そう思ったの?」
「美影さんは、私が異世界で「魔法使い」をやってたって知ってます?」


 その話は佐山にされている、と言い、美影は頷いた。それを見たなのはは少し微笑んで。


「私は護りたかったんです。最初は日常かな。次に友達を。次に多くの人をって。どんどん護りたい人が増えていって…私、身体壊しちゃったんですよね」


 なのははただ淡々と語る。美影は黙って聞いている。浴槽の中では僅かになのはの声が反響して、そして消えていく。


「護りたかったのは、本当は、私自身だったんですよ」
「…? 誰かを、護りたかったんじゃないの?」
「違うかな? いや。多分、そうだと、思うんですけど、それだけじゃない、って感じかな?」


 うーん、となのはは唸って言う。改めて話すとなると自分でも整理しなくてはならない。まだ佐山と新庄に打ち明けた時はただ我が儘を言う子供のようだったから、このように改めて語る、というと纏め直さなければならない、と。


「私、昔、お父さんが大怪我しちゃったんです」
「…お父さんが?」
「はい。ベッドから動けなくて、遊んでもくれなくて、家族も忙しくて。…寂しかったんですよ」


 ゆっくりと過去を思い出し、それを大事そうに取り出すようになのはは言葉を紡いでいく。


「私は1回だけ家族を困らせて、でもそれがわからなくて裏切られたと思ったんです。だけど、それでも家族だったから構って欲しかった。だから良い子になろうと思ったんですけど…それからですね。怖くなっちゃったですよ」
「怖い?」
「…他人に映るんですよ。自分が。誰かが悲しい思いをしていると。他人が泣くのがイヤなのは、自分が泣くのがイヤだったから。他人に、自分を重ねすぎて、助けなきゃ、とか、護らなきゃ、ってそう思っちゃったんですよ」


 他人が泣くのがイヤなのは、自分が泣くのがイヤだから。
 他人が困っているのがイヤなのは、自分が困るのがイヤだから。
 他人が苦しんでいるのがイヤなのは、自分が苦しむのがイヤだから。 
自分がイヤだから、困っている誰かを、悲しんでいる誰かを、困っている誰かを助けよう。そう思った。


「本当にその人が大事だったから、ってのもあります。だけど、そういう思いもあったんです。私は怖かった。そこにいるのが自分だったらと思うと、怖くてしようがなくて…最初は大事な人を。次に困っている人を。次にもっと多くの人を、って…」


 そうしなきゃいけないと思った。それをやろうと思った。この力が誰かを救えるなら使わなければいけない。使わなきゃ、使いたいと。それが膨らんで…自分ですら、支えきれなくなって結局あの惨事を生んだ。


「そうやって私は一度身体を壊しました。魔法を使う為の魔力を失って、足もしばらくは動かなくて、周りに凄く心配かけちゃったんです」


 あれは辛かった。皆の悲しい顔を見るのがとても辛かった。そんな顔をさせないように頑張ってきた筈なのに。自分がしてきた事は、一体何だったんだろうか、と。自分の今までしてきた事が全部無駄になってしまったように感じた。


「私はわからなかったんです。どこでどう間違ったのか、って。護る事はいけない事じゃない筈だ、って。力があった筈なんです。でも出来なかった。だったらどこかで間違ってる。でも、どこで? って。確かめる術も失って、何も見えなくなって…。後は、フラフラしている時に襲われて、佐山さんと新庄さんと出会ってここに来ました」


 そして概念戦争の事を知った。そして、思った。確かめられるかもしれない、と。


「確かめたかったんです。私がどうして間違ったか、って。まぁ、昔の私はよほど馬鹿だったんでしょうね。間違った理由なんて簡単だったのに」


 それが単に無茶だっただけだ。無茶が当たり前で忘れていた。そうしなければいけないと思うから忘れていた。助けなきゃいけないと思って忘れていた。それが自分の身体を蝕んでいたなんてまるで知らずに。


「ここに来て知りました。たかが1人の力なんて、どうしようもなく無力だって」


 特に己のような子供だと、だ。それを竜轍との修行の日々で思い知らされた。


「だけど私は行きたいと思う場所があります」
「行きたいと思う場所?」
「概念戦争。私はそこに行きたい。そこに欲しい物があるんです」


 魔力を失った時に失った物を。ゼロから始めたい。今度は間違えないで行きたい。望む物を手に入れる為に。取り返す為に。作り出す為に。今度こそ、護る為に。


「私は望む為に強くなります。だから、強くなるんです」
「…そっか。なのはは、欲しい物があるから強くなるんだね」


 美影は頷いた。欲しい物があるから、強くなる。それを手に入れる為に。だから、彼女は強くなろうとする。欲しい物を得る為に。凄いな、と美影は素直に思った。まだ10を数えたばかりぐらいだろう子供が、こんなにも必死になって頑張っている、と。


「まぁ、だけど多分私の出る幕なんて無いですけどね」
「そう?」
「だって、子供を戦わせてるって結構イメージが悪いじゃないですか」


 なのはが苦笑を浮かべて言う。力も無いのだ。必要も無いのだ。それなのに自らのような子供を戦わせる理由が無い、と。それに美影も、確かに、と思った。それは駄目だよね、と思って、なのはの言葉に頷いた。


「…じゃ、なのは意味無い事してるの?」
「…すいません。ちょっとグサッ、と来るんですけど?」


 僅かに苦笑を浮かべて、なのはが美影に言う。それに美影がクスクス、と笑って。それにしばらくなのはは仏頂面を浮かべていたが、すぐに、吊られてクスクスと笑い出した。それから二人はただ楽しそうに笑うのであった。





    ●





 なのはが美影と共に風呂を入った日の次の日の朝。飛場家ではなのはを含めた面々が食事を取っていた。なのはも先日の分を取り戻すかのようにおかわりをし、満腹になるまでご飯を食べてしまった。そんな時であった。竜徹がなのはに話しかけたのは。


「…は? すいません。もう一度言ってくれませんか?」
「だから、UCATに戻れって言ってるんだよ」


 竜轍が爪楊枝で歯につまったカスを取りながらなのはに言う。それになのはは食後のお茶を手に持ったまま固まる。それからお茶をテーブルに置いてから、ダンッ、と両手でテーブルを叩いて竜徹に詰め寄る。


「ど、どうしてですか!?」
「テメェ、忘れたのか? 俺はお前を仕上げる、って言ったよな。だからもうテメェに教える事はねぇから帰れ、って言ってるんだよ」


 竜徹の物言いに、そんな唐突な、となのはは思わざるを得なかった。反論の声を挙げようと思ったが、その前に竜轍が睨んで来たので思わず口を閉ざす。それを見てから竜轍がふぅ、と溜息を吐いて。
 

「必要ねぇだろ。もうお前に俺は」
「でも…」
「俺は教えられるだけ教えた。もう教える事は無い」


 言う事は言った。と言わんばかりに竜轍は立ち上がり、部屋を後にしようとする。それに対して驚いた顔で固まっていた飛場が反論しようとしたが、その肩を美影が押さえた。美影が自分を止めた事に少し驚いたような表情をした飛場は美影の顔を見る。それに、美影は首を静かに振って。


「駄目」
「でも、なのはちゃんが可哀想ですよ! こんな唐突に…」
「でも、必要無いのは事実」


 だよね? と言うように美影はなのはへと視線を向けた。それになのはは僅かに俯いたまま小さく頷いた。頷きには力が無い。ショックというより、どこか戸惑っているような、困っている、と言った印象だ。それを見てから飛場は身体に篭もっていた力を抜いて。


「なのはちゃん、その、大丈夫?」
「あ、はい。…大丈夫です」


 顔を上げてなんとか笑みを作ろうとしているようだが、まったく笑顔が作れていない。そんななのはに飛場は眉を寄せる。それに気づいたのかなのはが少し慌てたように立ち上がって。


「わ、私、荷物纏めて来ます」
「あっ…」


 そう言って部屋を出て行くなのはに飛場は手を伸ばしかけるが、結局伸ばせないままなのはは部屋を後にしていった。それを見送ってから飛場は頭を垂れさせて重たい息を吐き出した。


「リュージ君」
「美影さん…本当にこれで良いんですか?」


 なのはがなんだか竜轍に振り回されている気がして、何だか可哀想に思える、と飛場は思う。だが美影はそれを止め、なのはも受け入れたようだった。…だがそれは本当にそれで良いのだろうか?


「うん…。リュージ君。私はよくわからないけど、きっとこれで良いと思う」
「…何でですか?」
「リュージ君のお爺さんが教えても、なのははもう強くなれないから」


 そうだろうか? と飛場は思う。竜轍は強い。鍛えようと思えばもっとなのはを強くさせられる事だって出来るだろう。現に、今の自分はその竜轍に育てられたのだから。だから、もっと強くなれる筈だ。
 それなのに途中で放り出すような真似をするのは何故だ、と。そんな悩む飛場の肩に、そっと、美影は手を置いて飛場を見る。飛場もまた美影と視線を合わせる。


「なのはの強さと、リュージ君の強さは違うよ。ただ、単純に強ければ良いってわけじゃない」
「それは、そうですけど…」
「きっと、なのはが望む力は、もうリュージ君のお爺さんは教えられないんだよ。後は、なのは次第何だと思う」


 そうなのだろうか? と飛場は思う。だが自分はそこまでなのはを知っているわけではない。それに竜轍はなのはの血族に関して何かを知っている。それを考えれば自分には判断出来ないような何かがあるのだろうか?
 …やはり、よくわからない。飛場はもう一度、重たい溜息を吐いた。飛場が溜息を吐いていると、ふとズボンのポケットに入った携帯がメロディを奏でだした。電話の着信音だ。


「…誰だろ?」


 そう思い、携帯を開き、誰がかけてきたのかを確認する。そこには「佐山御言」と記されていた。思わず飛場は嫌そうな顔をした。なんだろう、僕に何か用なのだろうか? あまりイヤな内容だったらイヤだ。だが、出なければ確実に後で報復が来るだろうな、半ば諦めの感情を覚えつつ、スッ、と電話ボタンを押した。


「もしもし? 佐山さん?」
『おはよう飛場少年。後1秒遅れていたら君への撲殺承認権が承認される所だったが…惜しいね』


 よくやった自分!! と飛場は思った。相変わらず電話の相手の傲岸不遜な人だなぁ、と思いながら溜息を吐いて。


「で? どうしたんですか? 何か用件でも?」
『うむ。飛場少年。明日鹿島主任が来てG発生の講義があるだろう?』
「あぁ、そういえばそんな話がありましたね」
『そこで高町君も連れて来て欲しい』


 飛場はその佐山の言葉を聞いて一瞬眉を寄せた。なのはちゃんを? と一瞬思うのだが、Gの発生をなのはに説明するつもりなのだろうか? と思い、電話を持ち直し、言葉を紡ぐ。


「それは、Gの発生をなのはちゃんにも説明する為ですか?」
『今はそういう事にしておこう。それでは頼むよ。では』


 ブツ、と唐突に切られた電話。つー、つー、と言う音が虚しく響いた。反論や疑問の声を挙げる暇すら無かったっ!! と飛場は思う。あぁ、やっぱり佐山さんだよ、と。あの傲岸不遜っぷりは佐山以外あり得ない、と飛場は溜息を吐いて。


「どうしたって?」
「佐山さんが明日のGの発生の説明の時になのはちゃんを連れてきて欲しいって」
「なのはを?」


 美影の呟きに飛場は頷く。恐らく現状を少しでも教える為だろう。そう思えば別段、不思議では無い。…だが、最後の佐山の台詞が気になった。


『今はそういう事にしておこう』。


 何故だか…その言葉が、飛場の胸の中に残った。



    ●





 その頃、なのはは道場にいた。部屋で荷物を纏めていたのだが、ふと、いつの間にかここにいた。ここで良く竜轍と喧嘩していた、と思い出す。色んな事を教えて貰った。たくさん言葉を交わした。たった2週間ほどだ。
 だが、何よりも濃い2週間だったと思う。ただなのははぼんやりと立っていた。何かが一気に欠けたような喪失感が胸を満たしていく。充実していたんだろうな、と、なのはは思った。この2週間ほど、充実していたんだろう、と。
 辛かった事もあった、逃げたくなった事もあった。それでも、ここでの経験は何よりも代え難く、幸いな物であったと。すっ、となのはは一歩、身を引いた。道場の入り口に立ち、それからゆっくりと頭を下げた。


「ありがとうございました」


 きっと本人はこの言葉を受け取ってはくれない。ならばせめて自己満足として残しておこう。ここに、感謝の気持ちを。届けば良いと思う。だがそれはただの願望。高望みはしない。
 ゆっくりと頭を上げて、なのはは道場に背を向ける。そして道場の扉を閉めて、なのはは廊下を歩いていく。この廊下も、この2週間程世話になった場所だ。たった2週間。だがそれでもこの光景は、ここでの日々は忘れられないと思った。
 本当に、良かった。そう思いながら、なのはは歩いていた。ふと頬に熱を感じ、手を伸ばせば涙が零れていた。それを見て、少し驚くが、それを見て笑みを浮かべた。
 あぁ、嬉しくて泣いたのなんていつ以来だろう。確かにここから離れるという事に対しての寂しさもある。だが嬉しかった。ここに、来れて本当に良かったと思う。


「さ、頑張らなきゃな」


 涙を拭う。そして歩いていく。自分の荷物を纏めてUCATへと行こう。それから考えよう。どうすれば良いだろうかを。その足取りに淀みは無く、ただ、力強く。笑みすら浮かべてなのはは歩いていく。



    ●





 パチンッ、と携帯の閉じる音がする。ここはUCATの一室。そこに佐山はいた。開いていた携帯を閉じてポケットへとしまう。その佐山の目の前には一人の老人がいる。
 その老人の名は「大城一夫」。彼はIAI局長にして日本UCAT全部長を勤める人物だ。丸眼鏡をかけた大城は指の腹で眼鏡を押し上げながら、佐山の方を向く。


「御言君。これは本気なのだね?」
「あぁ…そうだよ御老体。私は本気だとも」
「全竜交渉部隊の解散…そして「再結成」かね」


 大城の言葉に佐山は頷く。その言葉に偽りは無い、と。それに大城は面白そうに笑みを浮かべた。大城が手に持つ資料。そこには現在の全竜交渉部隊の経歴があった。そこに、関係の無い少女の経歴があった。
 「高町なのは」の名を記した資料。それを見つめながら大城は喉を鳴らした。押し殺したような笑い声が小さく響いて。


「組み込むつもりかね? この少女を」
「彼女が望んでくれるならば、だよ」


 佐山が愉快そうに言う。それは何が起きるのかわからず、ワクワクしている子供のような仕草だ。それを見て大城は笑う。


(こんな御言君は、新庄君といる時ぐらいだと思っていたんじゃがのぉ)


 面白い少女だ。その経歴も、血筋も、何もかもが。そう思い、大城は再び笑う。佐山を楽しませるこの少女は、どのような答えを出すのだろうか、と。それを想像するだけでただ楽しみで仕様がなかった。


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