次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■幻月の乙女 最終章「Unlimited blade works」
2010/11/29 Mon朧月の契り
 乾いた大地が水を吸い上げ潤うかのように。失われたものを注ぎ込まれ、それがごく当たり前と世界が思い出すかのようにマナは復活した。枯渇していたマナはかつてのように満ちあふれていた。そして神秘を知る者はその世界の現状に多いに奮い立った。
 神秘は秘匿される者。魔術の衰退によって多くの魔術の家が潰れ、その記述が失われた今、神秘を残す者達はここぞ、とばかりに自らの魔術の研鑽を積み上げ始めた。過去の栄光を取り戻すべく。
 全ての切っ掛けは「紅蓮の魔女」と呼ばれるある魔術師が発端だ。戦場という戦場を渡り歩く変わり者。救いの手を差し伸べ、災厄を射貫く者。しかし、その在り方は魔術師の追い求めるものではない。
 彼女にとって魔術は手段に過ぎない。だが、魔術を全てとする魔術師にとってはそれは目障り以外の何者でも無かった。魔術は再び、繁栄の時を描き出そうとしている。故に、神秘を露呈させかねない彼女の存在は一刻も早く排除せねばならない、と。





 * * *





 一時は世間を騒がせた通称「紅蓮の魔女」の情報は今となっては報道はされはしない。それは誰もがお伽噺だと思うからだ。そんな人間、科学が発展したこの世界では夢幻のことだ。彼女に救われた者ですら、それは夢のような話だ。
 救われた事には感謝は出来る。だが、その存在は余りにも得体の知れない。得体の知れない者、理解の追いつかない者は否定される。どれだけ真摯に命を救いたい、と思われても何故そうするのかわからないのだ。
 故に、それは恐怖だった。救われたとしても幸運とは思えない。所詮、また彼女も「災厄」の一部のようなものだ。例え命を救われようとも…あの赤き衣を纏う魔女には、何一つ、感謝も賞賛は与えられない…。





 * * *





 そこは内戦によって戦が巻き起こる地だった。銃声が絶えず響き渡り、火が何もかも燃やす事など日常茶飯事。硝煙と血の混ざった香りがするのも当たり前。そんな中、人々はただ己の安寧を得る為にその武器を振りかざす。
 繰り返される争いの系譜。元々貧しかったこの土地を納めていた地主がその住民を圧迫し始めたのが、住民によって決起した義勇軍と、地主が雇った傭兵部隊との争いのそもそもの発端。
 悪はどちらか、と言えば住民を圧迫した地主の所為だろう。自らの欲を肥やす為にやった事は確かに悪だ。ならばこそ、そこに彼女が現れるのは簡単な事だった。
 その手が弓矢を持てば、どんな遠方の敵もライフルも用いらずにこれを撃ち抜く。
 その手に剣を持てば、銃弾の雨すらもかいくぐりその首を刈り取る。
 果てには奇妙な剣がまるで魔法のような効果を発揮し、呆気なく人を殺めていく。
 逃げるものは追わず、向かってくるものには容赦はなし。そして一度決めた目標は逃さない。それが紛争の芽だと言うのならば、尚更の事。


「ひぃぃぃいっ!!」


 逃げまどう。逃げる、逃げて、生き延びたい、ただそれだけの為に地主は走っていた。秘密裏に作っていた秘密通路を抜ける。欲によって肥えた体にはその全力疾走は苦しい。
 だけど、もう少し。もう少し行けば自分の命は約束される。だから、走って、走って。


「――」


 目の前に現れた、赤き死神に、ひっ、と声が漏れて、緊張の糸が切れたように、気が違ったように笑い出した。赤い衣は血に染まったが故に濃く、靡く白の髪がまるで幽鬼のようで、あまりの恐怖に可笑しくなる。そして―――終わる。
 一発の銃声が全てを終える。残るのは欲に肥えた男の血の海だけ。それを、何の感情も持たずに見つめたまま、その場を後にした。





 * * *





「…毎度の事ながら、狂っているな。お前は」
「良く言われるし、自覚はあるよ」


 そこはホテルの一室。何の変哲もないビジネスホテルだ。そこに一人の女と一人の男がいた。女の方は何の変哲もない服装だ。街中にいれば自然と溶け込んでしまうだろう、平凡な格好。しかしその髪の色は少し目に付く程、色の抜けた白髪だ。
 対照的に男の方は黒ずくめだ。黒のスーツに、ダークブルーのシャツ。黒のネクタイ。どうしてもその暗色が良いのか、と問いたくなるぐらいの暗い色合いの服装だ。その男の手より何かが放り投げられる。
 それはメモリチップだ。それを女は受け取る。それを手の中で転がすように遊ばせていたが、それを握り、ポケットの中へと入れる。


「お前がレオに頼んでいたデータだ」
「ありがと、ユリウス」


 ユリウス、と呼ばれた男は特段、表情を変える事なく女を見ていた。しかし、不意に女から視線を逸らすように瞳を閉じ、壁に背を預けるようにして腕を組む。


「…ふん。俺は使いを頼まれただけだ」
「…レオにも迷惑かけるなぁ」
「レオもお前を利用しているだけだ。…それで俺たちの関係は良い」
「…ん、気遣いどうも」


 互いに利用するだけの間だ、だから気遣いはいらない、と。言外にユリウスはそう言っているのだと女は解釈する。そのまま女はベッドの上に身を投げ出した。長い白髪が振り乱され、ベッドの上で散らばる。
 両手を広げるようにベッドに仰向けになった彼女の体には大小なりの傷が付いていた。包帯を巻いている部分には血が滲んでいる部分もある。痛みが無い訳ではないだろう。だが、最早この程度の傷で彼女は何も思う事は無くなっていた。
 ユリウスはそんな彼女の姿を閉じていた瞳を開いて見つめる。あぁ、本当に――この女、衛宮 奏は破綻している、と。
 内戦があれば内戦の地へとお向き、戦を止めようと足掻き続け。テロリストの集団を秘密裏に情報を得たかと思えばその説得へ向かい、時には殲滅する。どのような正義があろうとも、願いがあろうとも、彼女は自らの願いの下、彼らを殺す。
 それによって得られるものなど何一つもない。何の見返りもなく、何の報酬もなく、得られるものなど自己満足なだけの救済。そして救えぬ命に対する後悔と無力感を抱き、自らで自らを陥れているとしか思えない愚者。


「…俺の仕事は終わった。次の連絡の集合地はチップの中に入っている」
「いつも通り…か…ん。じゃ、また会える事を願ってるよ、ユリウス」
「……」


 奏の見送りの言葉に、ユリウスは何を言う訳でもなく部屋を後にしていった。奏はその背を見送った後、深く息を吐き出した。
 奏がユリウスから引き受けたのはハーウェイ財団に敵対するテロリスト達のデータだ。この世界を牛耳っていると言っても過言ではないハーウェイ財団は、確かに凜の言うように「ファーム」と呼べる完全に管理された世界だ。
 だが、そこは確かに人が生きている環境だ。平穏に人々が暮らしている地だ。ならばそれを守る為に、その領地を管理するレオを守ろうとする事は間違いではない筈だ。
 そして、レオは既に若くして当主の座に着き、そのファームであった環境をもっとより良い環境に変えようと尽力している。だがそれ故に反感や反発も多く、レオの命を狙う者は少なくない。故に、ユリウスは今なお、レオの影として徹底し続けている。
 それに奏も荷担している。レオを守れば多くの命は守られる。その代償としてレオに敵対する少数を殺す。それは数を見ただけの合理的な方法。


「……もう、何も思わなくなったな」


 人を殺す事。最初は辛かった。今でも最初に射貫いた兵士の事を鮮明に思い出せる。あの戦場を越えた先、待っていたのはどうしようもないほどまでの嫌悪感。人を殺すという忌避、あれだけ避けたいと願っていた事を自らの意志で行ったという重圧。
 だが、最早その重圧すらも感じられない。必要だから、ただそれだけでどこまでも無感動に人を殺せる。ただ救う為に。ただ守る為に。ただそれだけの為に。ならばいちいち、膝を付いている暇は無い。いつしか、そうなっていた。


「…この手は、短いなぁ」


 守れるものなどない。ただ、死なせないだけ。それが幸せに繋がるとも言えない。それが助けられた人の為になったとも思えない。思いたいが、それはあくまで希望でしかない。ただ、自己満足だ。それ以外の何者でもない。
 それでも突き進む事を決めた。あの日、ラニの手を振り払い、シロウに誓いを立てたあの日から。この足は止めない。最後の時まで。報われる事無くとも、最後には笑って逝けるように。


「………不思議、だな」


 不意に、奏は思った。


「…あんなに死にたくなかったのに…」


 今ではさして、そうでもないや、と。変わってしまったのだろう。自分は。容姿も変わった。身長にさして変化が無かったのは不満だが、体つきはそれなりには成長した筈。髪は心労の影響だろうか。それでも肌が焼け付かなかったのは幸い。逆に色が抜けてきてはいるが。
 自分を鑑みて奏は思う。今の自分の姿を見て、彼は嘆いてしまうだろうか、泣いてしまうだろうか。…きっと、どっちもしてる。優しい事を知っているから。どうしようもない程までに。


「…でも、それでも、行くって決めた道だ」


 立ち止まる事はない、と。振り返る事はあっても、決して前に進む足だけは止めはしない、と。
 不意に、月を見上げる。癖のようなものだ。月を見上げることが多いのは、それが私の故郷だからなのだろうか、と彼女は笑う。
 彼女は月より生まれた。聞けば笑う人が多いだろう。だがそれは確かにそうだ。彼女の体、血と肉は確かに地上のもの。だがその精神は違う。それはただ模倣に過ぎなかった。だがそれが意志を得たことによって生まれた精神だった。
 本来、彼女は消えるはずだった。その存在は不正であり、許されてはならない存在だとされて。それを彼女は受け入れた。彼女が生まれたのは戦争の最中。ただ死にたくない、という一心で戦い、そして成長した彼女は争いを終わらせる為に戦った。
 そして勝者となり、全てに決着を着けて彼女は眠りにつく筈だった。しかし、彼女はこうして生きている。生きて地上にいる。
 彼女は思い出す。今までの人生、地上を歩き、世界の在り方を知り、紛争を見て、思い、学び、そして彼女は生き方を選んだ。
 泣く人がいれば、その人の涙を拭い、立ち上がれぬ者がいるならば説得し、手を引いた。
 死に瀕する者がいれば、救おうと足掻き、救えぬのならば可能な限りの願いを叶え。
 誰かに害す者がいるならば説得を試み、理解し合えないのなら敵対し、排除してきた。
 彼女は誰かを救えたわけじゃない。むしろ誰も救ってない。彼女のやってきたことは何の意味もない。ただ、元より人が持っている選択肢を浮かび上がらせるだけだ。
 誰もがそれに気づかず、気づいたとしても、諦め、どうしようもなくとも。その思いをどうか無駄にはして欲しくない、と。最後にはせめて涙は止まるように。望めるならば笑っていてくれるように。
 そんな生き方を選んだのは、心の中に残る彼の姿があったから。
 正義の味方として生き、だがそれが彼自身を殺した。そして彼が抱いた理想によって彼は磨耗しながら死んでいった。
 ただ一つの救いすらも与えられることもなく。その生涯に意味も与えられず、ただ、都合の良い存在として使い潰された。
 本当に救いたかった者を救えず、終わった時に残っていたのは自らという孤独だけ。剣の錬鉄者にして本物を何一つ得られることのなかった紛い物の英雄。
 そんな彼が言った。私は君に救われたのだ、と。君といれて良かった、と。その彼は彼女の隣にはいない。彼は生贄だった。今も尚、永遠の牢獄に閉じこめられ、数多く起こる悲劇に心痛めているだろう。
 彼女は彼を救いたかった。彼じゃないとしても、もう彼のような人たちを見捨てたくはなかった。…だが、結局それは意味の無い事だ。そうして救われないのは我が身そのものなのだから。
 何の見返りなどもない。何の報いも無い。だがそれでも彼女は彼女の理想のままに戦い続けた。だからこそ、彼女は世界にとっては反目される存在だった。世界を騒がす者として。英雄としてではなく、厄介者として。
 彼女という存在は確かに世界を潤した。しかし、過ぎたる水は不要。尚も水を注ぐ彼女の存在を世界は許容はしない。既に役割は果たされた。ならば彼女は――その役目を終えるべきだ、と。





 * * *





 わかっていた事だ。自らが世界に疎まれている事など。だからいつか、誰かが自分を殺しにくるだろうな、というのは予測が付いていた。
 今までだってあった事だ。飢えた子供が時には命を奪おうと迫った事もあった。何かしら事故などにも巻き込まれる事も増えた。一歩、歩く度に災害を呼び込むような程、一日、気が休まる事が無かった。
 だが、それは同時に誰かを巻き込む舞台を作る事とも同じだった。いつからだろうか、理解していたのだ。自分が救済を望めば望む程、それだけ悲劇を望むという事だったという事を。
 悲劇なんて無いに越した事はない。けれど現実として起こってしまう。だから救う為に動く。だが、それでも悲劇は続く。…しかし思う。本当に悲劇が起きるから救済が終わらないのか? と。
 …もしかしたら、それは私が救いたいと思い続ける限り続くんじゃないかな、と。終わらぬ救済を望む限り、私は悲劇を生み続けるのだろう。…だとしたら、なんと愚かしい事だ。あぁ、本当に愚かしい事だ。
 救いを願えば願う程、望めば望む程、感じる必要もない痛みを得た。悲しみを得た。怒りを得た。憎しみを得た。あぁ、何だこの人生は。本当に意味もない。意味などある筈もない。
 だが、立ち止まれない。立ち止まる事は出来ない。決めた道だ。歩くと決めた道だ。ただそれだけだ。だから救う。救うだけなんだ。ただ救いたい。だから足掻く。足掻いて、足掻いて――。


「……まさか、自分だとは、思いもしなかったけどね。私を殺そうとするのが」


 心が悲鳴を上げている。もうこれ以上は見たくはない。痛みなど感じたくない。もう止めよう。目を閉じろ。耳を塞げ。その首を断ち切って血の海に沈み、まどろみの夢へと沈め。もう起きるな、もう歩くな、もう動くな。
 繰り返す呪詛のような軋み。だがそれでも、救いたい、と。ただその一言だけが全てを引きずっていく。体も、心も、痛みも、何もかもを引き連れて。
 振り返れば血の痕しかない。それ以外に何も見えない。その血は誰のものだろう。わからない。この血は何だろう。犠牲者の血なのか? それとも私が殺した者たちの血なのだろうか?
 救いたいと望んできた。だから走ってきた。止まらずに、ただまっすぐに走ってきた。ただそれだけだった。だが、今となっては何を思っていたのかわからない。何も考えられなくなってきた。何も考えたくない。もう、痛みが思考すらも麻痺させていく。
 何のために。救いたいが為に。そして…救えたのは何? 欲しかったのは何? そうだ、欲しかったものがあるんだ。何だっけ? 何が欲しかったんだっけ?
 どこを歩いているのか、よくわからなくなる。ただ、どこかに行かなきゃいけないような気がして歩き続ける。ただひたすらに歩き続ける。歩いて、歩いて、歩いて―――。


「――I am the bone of my sword/体は剣で出来ている


 詠唱を聞いた。


「――Steel is my body, and fire is my blood./血潮は鉄で 心は硝子
 ――I have created over a thousand blades./幾たびの戦場を越えて不敗


 それは、まるで子守歌のような懐かしさを覚える。


「――Unknown to Death./ただ一度も敗走はなく
 ――Nor aware of gain./ただ一度の勝利もなし

 自然と、私も合わせるように謡っていた。


「――With stood pain to create weapons./担い手はここに一人
 ――waiting for one's arrival./剣の丘で鉄を鍛つ


 世界に焔が走る。変革の炎だ。あぁ、私は知っている。ここは、知っている。知らない筈がない。何故ならばこの世界は彼の―――。


「――Yet, those hands will never hold anything./故に、生涯に意味はなく。
 ――So as I pray, "unlimited blade works"./その体は、きっと剣で出来ていた



 世界が作り変えられていく。生み出されるのは赤き荒野に突き刺さる無限の剣群。聖剣、魔剣、宝剣、神剣。様々な、ありとあらゆる剣が突き刺さる朱き丘。機械仕掛けの歯車が天空で回る。
 その中心に彼はいた。紅き外套を纏い、こちらを見下ろすように見ている。そんな彼に対して、私は今、どんな表情をしているのだろうか。


「……世界ってのは、随分粋な計らいをしてくれるね」
「世界じゃないさ。君の産みの親の計らい、というべきかね。世界も賛同してくれているが故のこの舞台ではあるが」
「でも、どうして?」
「君を現実世界で殺すにはなかなかに面倒だからな。だが、ここでは意地の張り合いだ。ここは精神世界。魂の、意志の優劣が勝敗を決める。…しかし、ムーンセルも大胆な事をしてくれる」


 彼の言っていることがどういう意味か、ちょっとよくわからないな、と首を傾げる。そうすると彼は一瞬、瞳を伏せた。だが本当に一瞬で、次に浮かぶ彼の顔は、安堵の表情だった。


「…ムーンセルには意志が目覚めつつある。が、それは酷く客観的で、主観性が無くてね。中身がない、と言うのか。ただ与えられた役目をこなすだけ。だが、人という存在を知る為にその魂を受け入れたムーンセルは次第に意志に目覚めつつあった」
「それが、何なの?」
「かつて月にも世界はあったようだ。今は失われているようだがね。…それで、ムーンセルとは本来は月の環境を修復するために必要なデータを保存しておく為の、そして月の滅びを踏まえて、今なお発展する地球のデータを集めようとした観測機、という二つの機能があったようでね。それに目を付けられて地球のバックアップとして使われているみたいだが……まぁ、そこら辺の話は実を言うとさほど重要ではない」
「…じゃあ、何が重要なのさ?」
「どうやら、ムーンセルは「親心」というものを学習してくれたようだ。…そして私の願いを叶えてくれたよ。だから私はここにいる」


 彼の手には黒と白の双剣が握られる。夫婦剣、干将と莫耶。


「ようやく、だ。ようやく私の…俺の願いは叶う」
「…願い…?」
「ようやく、君を殺せる」


 殺す、というには、その言葉は余りにも優しい響きだった。


「見るに堪えなかった。君の在り方は、君の生き方は。俺は何度も俺を呪ったよ。…だけど、そうしている内にようやく気づけたんだ。…俺は、どこまでも歪んでる、って」
「…シロウ…?」
「…そんな俺を、君は一心に思ってくれたんだ。俺さえいなければいつだってその膝を折る事も出来た。なのに君はそうしなかった。ただ、俺を思って君は地獄を駆け抜けた。…理解が出来なかった。最初の頃はただ、見てられなかったよ。だけど、それでようやく気づけた事がある」
「……」
「奏、俺たちはきっと鏡合わせなんだろう。同じなんだ。だからこそ、俺は俺の歪みを突きつけられた。それと同時に、君が教えてくれたものがある」


 それは、と。子供が宝物を自慢するように彼は語った。


「自分の幸せ、って事を、ようやく俺は気づけた気がする。正義の味方として生きたのは俺が救われたい為だった事は否定はしない。それを美しいと思ったのも事実だけど、俺は大災害の中で生き延びて、そこで死んでいってしまった人達に申し訳なくて、だから多くの人を救わなければならない、と思っていた。…今思えば、そうすれば、幸せになっても良いと思えるようになれると思っていたのかもしれない」
「…シロウ」
「…奏。そんな俺を君は一心に思ってくれたんだ。俺の傍に居てくれると言った。どんなに絶望してもそれだけはずっと願ってくれていた。君は確かに変わった。だけど、ずっと変わってくれなかったんだ。俺を思ってくれるところだけは。――だから、それで良い」


 はは、と彼は笑った。穏やかな、でも自嘲するような、そんな笑み。後悔、安堵、その二つを混ぜ合わせたような複雑な笑みで。


「俺は、ずっと許されて良かったんだ。いいや、許されて良いって…思わなければいけなかったのかもしれない。俺は置き去りにしてしまった。今思えば、本当にとても大切な人達を。だから―――今度は絶対に手放さない」
「………―――」
「不幸にするかもしれない、と怯えるのはもう終わりだ。許されないかもしれない、と悩むのはたくさんだ。……それでも、俺は君に報いたいから」


 鷹の様に鋭い瞳は射貫く鷹の如く。だが、そこには暖かさがあった。決意と、好意を隠さぬ瞳に体が震えた。


「俺で良いのか? なんて、もう、聞くのも無粋だ。俺も、そこまで鈍感じゃいられない。――だから、さぁ、殺り合おうか、奏」
「――…はは、何、勝った気でいるのさ?」
「勝つさ。勝って欲しいだろう?」
「……ふん、だっ!」
「ふっ…」
「…ふふ」
「では――」
「――うん」


 無言の合図だった。互いの手に握られるのは干将・莫耶。互いにそれを打ち付け合う。互いを見つめる表情には、戦う前とは思えない程の穏やかな表情で。そして、贋作者と再現者の戦いは幕を開けた。
 互いの手に握られる干将・莫耶が互いが鏡あわせのように打ち付け合う。一合、二合、三合。一息。また一合、二合、三合。距離を置いて、再度、剣を打ち合わせる。


「ハァァアアッ!!」
「オォォオオッ!!」


 止まらない剣采。響く音はまるで曲を奏でるように。その曲を踊るように黒と白の双剣を打ち付け合う。が、それも永遠では無かった。がしゃん、と響いたのは幻想が綻びて、崩壊する音。


「チィッ―――!!」


 奏が一歩、後ろへと跳ぶ。その手には何もない。彼女の作り上げた干将と莫耶は打ち砕かれた。だがシロウの手には未だ干将と莫耶が健在だ。ならば、と奏は距離を取るために設計図を頭の中に敷き詰める。
 迫ろうとするシロウに手を向ける。それにシロウは奏の意図を察したのか、互いに発した言葉は同じ言霊――!!


「「―――"停止解凍、全投影連続層写"(ソードバレルフルオープン)!!!!」」


 繰り出されるは無数の剣雨。それが奏でる音は激しく、甲高く。剣は砕けて鉄は飛沫となり、幻の霧へと変わっていく。その間に奏はその手にまた別の剣を手に握ってシロウへと駆け出す。
 それに、アーチャーは己が最も信頼する干将・莫耶を手にして迎え撃つ。その頬には、僅かに笑みが残っていて。


「――行くよ、シロォォオオオッ!!」
「――来い、奏…!!」


 互いに押さえきれぬように笑みを浮かべて剣を打ち付け合う。一合、二合、まるで確かめ合うように彼女と彼はただ剣舞を舞い踊る。





 * * *





 ―――そんな夢を、見ていた。
 幸せな夢だった。どこまでも幸せな夢を見ていた。
 夢が覚めれば、そこには空があった。月が浮かんでいる。夜だというのはわかった。体中の感覚がない。どうしてだろう。鈍い感覚は体を動かしてくれない。
 ただ、草原の中で倒れている。風の音が遠くまで聞こえているから、きっとどこまでも広い草原なんだろうな。身を隠していたんだっけ? それとも、ただここを抜けようとしてたんだっけ? 何をしようとしてたんだっけ…?
 …思い出せない。どうしてだろう。何かしようとしてた筈なんだけど…もう、それがまるでどうでも良いみたいになってて…。


「…あぁ、そうか。負けたもんなぁ」


 今まで体を持たせていたものは折れてしまった。…もう、これ以上支える必要も無くなってしまったから。
 わかっていた事だ。どうせ、戦う前から勝敗は決していたようなものだ。予定調和。全ては予定の通りに進む。


「…終わり、かぁ」


 体から力が抜ける。いや、そもそも力が入らない。終わったのだ。もう、何もかも。戦う意味も果たされた。願う事も叶った。あぁ―――これ以上、何を残す必要があるだろうか?


「……あー…白状だなぁ、結構。私って…最低だー…」


 もう、満足だ。もう満たされてしまっている。後悔なんて無い。心残りはあるけれど、どうしようもない。だけど彼等ならきっと何だかんだ言って生きてくれるだろう。空っぽの自分とは違って、ちゃんと自分を持ってる。


「…あぁ、違うなぁ。私も、ちゃんと私だったよ…うん…そう、だよね…?」


 大好き。その気持ちでここまで戦ってこれた。
 愛してる。この気持ちだけでここまで至れる事が出来た。
 これが胸を張って、私だって言える。この思いこそが私だって言える。私の全てだと言っても過言じゃない。


「……ねぇ……私…笑えてる…? 私…笑ってる、よね…? だって…―――」





 ―――こんなにも、満たされてるから。





 草原の中で、誰とも知れず一人の女が眠りについた。永遠の眠り。別離の旅路。
 不意に、その草原に二人の女が足を踏み入れた。色黒の女は一瞬、息を呑んだかと思えば、そっと、草原に横たわり眠るように瞳を伏せる女の頬を撫でた。それを見守るのは金色の髪を風に揺らせる赤き外套の女。
 横たわる女の頬を愛おしげに撫でていた女性は、静かに吐息を零した。


「……そう、ですか。幸せだったんですね。貴方は」


 それなら、良いです、と。


「……おやすみ、自分勝手だった、私の大切なお友達…」





 * * *





 辛かった日々があった。
 訳もわからずに戦わされて。
 でも、戦う為の答えを得た。
 楽しかった日々があった。
 笑い合って、喧嘩した日もあって。
 それでも、満たされた日があった。
 迷った事もあった。それでも頑なだった。
 この人生に意味は無い。この人生は何も意味をなせなかった。
 だけども、それで良い。意味など、私の胸の中にあれば良い。
 美しいと思った。それだけで良い。
 会いたいと思った。それだけで良い。
 愛してる。それだけで……もう、十分だ。
 私は満たされていた。ねぇ、約束は…守ったでしょ?





「――あぁ、良く、頑張ったな」
「…うん…」
「…おかえり。奏」
「…ただいま、シロウ…」





 Fin...。
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