次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■幻月の乙女 第4章「She is a crime avenger」
2010/11/29 Mon朧月の契り
 世界は矛盾を嫌い、安定を望む。それは出過ぎた杭が打たれるのごとく滅びの要因は消去される。
 世界を乱す者には世界からの制止力が送られる。
 アラヤとガイア。
 人の守護者と星の守護者。人類、もしくは星の危機が迫りし時、両者は動き出す。
 ならば。他の世界を救う為に救われない世界を用意する事もまた当然の帰結。ましてやそうする事によって生まれる価値があるならば尚更の事。
 そうして誕生した「滅び行くのみの世界」。この世界においてもまた、ムーンセルという舞台こそ変えられたが聖杯戦争は起きた。そして生まれた勝者は、何故、こんなにも「彼」に近しい? そこに関わった者たちの中に類似性が多い者たちがいる?
 何故? 疑問は疑問を呼び、回答を得る為に足掻き、藻掻いて。


 ――連結、接続(サインイン)


 情報の海を漂う。必要な情報を選択し、絞り込み、選定し…――。





 * * *





 賑やかな街。人混みで賑わう繁華街。露天なども見え、見るからに活気に満ちているストリート。そこで数多くある店の内、その国での特産物であるお菓子を販売している店主である男が声高らかに商品の宣伝をしている。
 そこにふと、一人の少女がやってきた。見るからに異国の衣装。つまりは観光客だろう。顔を見れば、東洋人に近い顔つき。店主は長年の経験からその少女がどこの国の人間か、候補をすぐに絞った。


「日本人かい?」
「えぇ。…店主、日本語上手ね」


 声をかけられた少女はやや驚いたように目を見開かせた後、すぐに流暢に日本語を話す店主を褒め称えた。


「商売柄でね。後は日本には何度か行った事があるんでね」
「なるほど。…じゃ、これ、二つください」
「はい、どうも」
「ん、これ、お金」
「はい、…丁度だな。君は観光客か? この国はハーウェイ財団の影響が強いから比較的平和だが、テロなどが無い訳じゃないから、十分に気をつけな」


 店主の忠告に少女は彼の国の言葉でお礼を返す。そうして歩を返して人混みの中に消えていく少女を見送る。たかが客の一人だ。だが何となくだがその背を追いかけてしまう。
 すると次の客が彼の店を訪れた。店主の意識から外れた少女の姿は、店主の記憶に残ることはなく、そのまま消えていった。





 * * *





 先ほど、露天で買ったお菓子を口に運ぶ。独特な味わいを楽しみながらも少女は歩く。その少女が歩く先、そこに一人の少女が腕を組んでやや苛々とした様子で眉を寄せていた。あちゃぁ、とお菓子を咥えた少女は表情を変えて。


「ごめん、ラニ」
「…奏。以前から言っていることですか、単独行動はなるべく控えてください」


 はは、と苦笑を浮かべて反省の色も見せずに笑う少女、奏と、その奏に対して呆れの色を隠さずにため息をついているラニ。
 聖杯戦争が終結し、奏が目を覚ましてから1年ほどの時が経過していた。その間に奏とラニは世界中を旅していた。それは奏の世界が見たい、という要望と、ラニもまた同じ要望と、奏と共に生きたい、という理由から行動を共にしている。
 今となっては二人の関係は友達というよりは仲の良い姉妹のようになっている。言い表すならば、出来の悪い姉である奏と、心配性の妹であるラニ、と行った形であるだろうか。


「うん。ついつい活気の良いところに行くといろんなものに目が付いちゃうよね」
「だからと行ってそうそうはぐれられても困るんですが」
「それはラニじゃないの?」
「…何か言いましたか?」
「イイエ、ナニモ…。…あ、はい。ラニ。これお土産」


 奏は軽く肩を竦めて流そうとする。そして思い出したかのように手に持っていたお菓子をラニへと差し出す。ラニはそれを無言で見ていたが、それを受け取って食べ始める。奏がわりと豪快に食べるのと対照的に、ラニは丁重に緩やかに食べる。
 お菓子の感想を言い合いながら二人が歩いていると、不意に奏は顔を上げた。奏の視線の先には風船が見えた。その風船はどうやらヘリウムでも入っているのか、ふわふわと浮いている。それは傍に植えてあった木の枝に引っかかってゆらゆらと揺れている。
 その木の下では風船を見上げて泣き声を上げている男の子の姿があった。恐らくは姉弟なのだろう、その男の子の姉であろう少女は必死に慰めているようだが、男の子はそれでも泣いている。
 大方、風船を手放してしまって取れなくなってしまったのだろう。それを諦めろ、と説得しているのだろうが、こうなってしまうと子供の駄々というのはなかなかに治まるものではない。


「…奏、あんまり目立ちたくないので気になるのはわかりますが――」
「あ、ごめん。ラニ。ちょっと行ってくる」
「――人の話聞いてますか!? こら、奏!?」


 ラニの制止を奏は聞くことすらせずに駆けだした。そしてそのまま跳躍し、木の幹を蹴った。いや、蹴ったというよりは駆け上がったというべきか。だが、彼女の体は木を蹴った反動ですぐに宙へと投げ出されようとする。
 だが、奏はそれを木の枝を掴むことによって無理矢理止める。そのまま体を振り子のように揺らして風船が引っかかっている木の枝へと飛び移った。そして引っかかっていた風船を外すと、そのまま地へと降りる。
 その一連の動作を見ていた男の子と女の子はぽかん、と口を開けていた。そして奏は、はい、と何気なしに風船を差し出した。それを少年は呆けたまま受け取って、風船を握る。すると、少年は目をきらきらと輝かせて。


「日本人、ニンジャだ!」
「はは、お姉ちゃんはニンジャじゃないよ。ただの通りすがりのお節介。次は風船を離さないようにね」


 じゃね、と奏は手をひらひらと振って走り出す。何事か、と人々の注目が集まっている。明らかに変人を見る目つきだ。それを気にした様子もなく奏は人混みをかき分けるようにして駆けていった。
 その駆けていく奏の後姿を、野次馬達の中に紛れ込んだラニは重たいため息と共に肩を落とし、そして奏に対する怒りを募らせ、体を震わせるのであった。





 * * *





「――何度、言えばわかるんですか貴方はぁぁあっ!!」
「ギブギブギブッ!? いたたた、痛い、痛いよラニッ!! 折れる、折れる!!」


 その夜。奏とラニが泊まっているホテルの部屋に奏の悲鳴が響き渡る。ラニが奏に間接技をかけているのだ。その技から抜けだそうと藻掻いている奏は涙目でラニに訴えている。しかしラニは聞く耳を持たない。
 街に繰り出していた時の奏の、所謂「人助け」は頻繁に行われる。時には降りるに降りられなくなってしまった猫を救出しようとして、自分も落ちそうになっていたり、川で溺れている子供を見つけて自らの川に飛び込むなど…。
 下手をすれば、一歩間違えば死ぬ、なんてこともあった。それでも奏は躊躇無くその場に踏み込む。それは彼女の救いたい、という一心と、彼女の持つ自信がその行動を起こさせるのだ。


「また「魔術」を使いましたね?」
「うん。軽く「強化」を…」


 そう。その自信とはこの世界から失われた魔術。奏がこれを使えるようになったのは無意識からだった。奏自身、何故魔術が使えるのかわからない、というのが現状であった。
 この世界は確かに魔術は衰退した。しかし完全に失われている訳ではない。確かに魔力の原動力たる世界のマナが失われている為に利便性は失われているが、その力が彼女を生かし続けている。


「だ…か…ら…! 良いですか? この世界は確かに魔術は失われていますが、完全にという訳ではないのですよ? もしもその知識を持つものに貴方の存在がバレたらどうなると思っているんですか?」
「……わかってる」
「なら!」
「…でも、ごめん。お節介で、自分の首締めてるだけってわかってる。でも、やめられない」


 怒り心頭、と言わんばかりにラニは奏に説教を続ける。それに奏は真剣な顔つきで頷く。その表情にラニは息を呑む。普段はどこか気の抜けるような空気を纏っている彼女だが、この瞬間だけは刃のような鋭さを纏うようになる。
 奏は不意に自分の手のひらを見た。自らの手のひらを見つめたまま、ラニへと言葉を紡ぐ。


「…どうしても、体が動く。やめよう、という考えがない。私は、やめられない。やめるという選択肢は無いんだ」
「…奏…」
「ごめん。それでも、付き合ってくれてありがと。ラニ。ラニが居てくれるから正直、助かってる」


 本当に申し訳ない、という表情で奏はラニへと謝っていた。辛そうな筈なのに、彼女の表情は笑顔。それが逆に痛々しくてラニは目を逸らし、深くため息を吐いた。
 結局、折れるのは自分か、と。そう思えば一気に疲れが出てきたようで、ラニはどうしようもなく脱力してしまった。


「…わかりました。わかりましたよ、まったくもう…。ただ、日本の時のように有名になりすぎて国を出なきゃいけない、なんてことにはならないように」
「は、ははは…善処するよ」


 苦笑を浮かべながら言う奏に、ラニはもう一度大きくため息を吐き出すのであった。





 * * *





 月は浮かぶ。空に月は浮いている。月はいつでも地球の周りを回っている。月は地球を余すことなく見続けている。故に月は記録していた。全ての記録を。
 それは謂わば地球のバックアップとも言えるだろう。膨大な情報、原始から続けられた記録の数々…。
 それを再現することが出来れば、セラフのように擬似的な世界を作り上げることも可能だ。ムーンセルはつまり正しくて人の願いを受け止め、世界を思うように改変することの出来る願望機として合格している。
 無論、世界から失われたモノを補完することさえ可能だろう。ムーンセルからその情報を引き下ろすことが出来るのならば。
 その為の回線が必要だった。月と地球を繋ぐ回線が。元より、ムーンセルは人の情報をより求めていた。そしてそれにアクセス出来るものはただ一つの事を願っていた。ただ、至りたい、と。かつての栄光をそこに、と。
 情報の海を漂いながら私は笑う。あぁ、余りにも滑稽だ、と。


「命にはあらかじめ役割が決まっている。そうだ、貴方が与えたように、だ。だけど貴方は「それだけ」。与えられた役割に苦しみ、嘆き、足掻き、または受け入れ、喜び、勇むことが出来ない。それはただの人形。…だから、私なんだね?」


 どうしよう。あぁ、どうしてしまおう。


「…あぁ、ごめん。シロウ。…私、馬鹿だから、さ。きっと、ラニとか色んな人を悲しませる。傷つけて、悲しませて、きっとこれからの人生も何の意味も無いまま終わると思う。それでも…」


 こんなにも、今、胸が痛い。心が震えている。


「私は笑ってる。最後まで絶対に。――…だから、もう、泣かないで?」


 目の前に立つ「彼」に私はそう言った。そうだ、ようやく思い出した…。


『俺は君の好意を受け取れる人間じゃなかったようだ…。すまない、奏。憎んでくれて構わない。俺は君に業を背負わせた』


 別れの間際、彼は確かにそう言ったのだ。そして今もなお、彼は泣き続けている。


「…泣かないで、か。無理を言うな。俺は今、俺を殺したい。あぁ、やっぱり俺など存在するべきでは無かったのだ。君に「正義の味方」の烙印を押しつけた」
「……」
「君はこれから知るだろう。君は「私が発生する要因」が失われたこの世界で「私」へと至る為の道を歩むだろう。そして君は救えぬ命と向き合う。…そんな不毛なことを、これから続けなければならない! 何故だっ!!」


 それは、血反吐を吐き出すような叫びだった。自分が傷つくよりも他人が傷つくことに痛みを感じる彼だから。


「君もいつかはアラヤに取り込まれる! 俺と同じように! 俺が居たから! 俺がムーンセルに売り渡されたあの日から、俺は俺を望む者を拒んでいた! あぁ、召喚されなければ俺は「俺」を生まない! 忘れていた、忘れ去られていた!! 道化だな、俺は!! 俺は救いたいと言いながらも、君を地獄へと突き落とした!! 笑い話だ!! 何がもう一度、今度は誰かを救えるかもしれないだっ!!」
「…この世界に「エミヤシロウ」はいない。貴方は正しくて無銘。ベースであろう人は確かにこの世界にもいたかもしれないけれど、それはあくまで「貴方」の呼び水に過ぎない。「正義の味方」という概念である貴方を呼び出す為の」


 そう。これが真実。
 ムーンセルは望んだ。人の情報を。より良い人の情報を。そして地球は売り渡した。最も都合の良い生け贄を。この時代に最も適合し、これから生まれ出でる英霊として不都合のない存在を。
 それこそ、正義の味方の体現者、錬鉄の英霊エミヤ。偶然ではない。全ては神の掌の上で転がされるように予め決められていた予定調和。それがある願いと共によって編まれた、この世界で生まれるだろう「エミヤ」に相当する存在。その雛形こそ―――。


「…今からでも良い。奏、聖杯との接続を切れ」
「…切ったところで私の宿命は変わらないよ?」
「変わるかもしれない」
「それこそただの希望的観測。それに私の自我は「聖杯」の一部なんだよ? だから私は聖杯の情報を下ろすことが出来る。貴方と話すことが出来る。ムーンセルに取り込まれた貴方と、ね」


 ムーンセルに取り込まれた彼に為す術は無い。ただ意識だけがそこに存在している。ただ観察される為だけに。ただ、見ていることしか出来ない。ムーンセルが刻む歴史を。
 あぁ、狂ってしまいそうになる。彼は見続けなければならない。手を伸ばせない悲劇にただ目を向けることしか出来ない。救えないとわかっていても、救いたいと願うから。
 それはエミヤシロウにとって拷問にも等しい。あぁ、なんと惨たらしいことか。


「…シロウ。私は貴方の一部で良い」
「…やめろ…」
「私、正義の味方になるよ」
「そんな掃除屋に価値はない。希望も、未来も無い!!」
「うん。その生涯に意味はない」
「ならっ…!!」
「私の生涯に意味は要らない。だけど、だからってここで終わっちゃいけないんだ」
「何故っ!! 何故だっ!!」
「私は、貴方を救いたい」


 息を呑む。彼は驚いたようにこちらを見ている。その瞳から涙を零したままで。


「シロウ、言ったでしょ? 私は貴方が大好き。…愛してる」
「…なら、俺のために死んでくれ…君が俺のようになっていくのを見たくはない…!」
「嫌だ。そんなのには元からなるつもりないし。それに私は、貴方の理想を美しいと思った」
「そんなのはただの掃除屋と変わらない!!」
「それでも、人を救いたいというその願いはただ憧れるよ」
「―――」
「何もない空っぽの私に「私」をくれた。大丈夫。安心して。私は「衛宮士郎」にはならない。「エミヤシロウ」にもならない。ただ、無心に憧れるのではなく、ただ、無我に突き進むのではなく、私は、私が命じるままに――貴方と同じになるよ。そして貴方を超えていく。私は、貴方のようにはならない。絶対に約束する」


 だから、どうか待っていて欲しい。


「私がそこにたどり着くまでに。どうか貴方のその涙を止めてみせるから」


 約束しよう。


「だから――行ってきます。シロウ」





 ――連結、解除(サインアウト)






 * * *





 耳を劈くような轟音が鼓膜を震わせる。半ば飛び跳ねるように奏は身を起こした。隣ではラニも同じように耳を押さえながら体を起こしている。そして奏は見た。窓の外から漏れる赤き光を。
 窓に飛びつくように奏はベッドから降りて外へと視線を向けた。そして彼女が見たのは―――赤き炎に包まれる世界だった。人々の悲鳴と響き渡る銃声、爆音…。


「まさか、テロ!? そんなっ!!」


 隣でラニの悲痛な声が聞こえてくる。急いでラニを逃がさなければ不味い。ここに居ては巻き込まれる。思考は一瞬、奏はラニの手を掴んだ。


「ラニ! 逃げるよ!!」


 ラニの返答を待つことなく奏はラニを引き寄せ、抱き上げた。ラニが短い悲鳴を上げているが、気にせず奏は窓を開け放ち、その縁に足をかけた。イメージするのは回線に電流を流し込むイメージ。


「――連結、接続(サインイン)情報、読込(ダウンロード)読込、完了(コンプリート)! 強化、開始(リーディングスタート)!!」


 全身に力が漲る。強化の魔術を施した体は軽く人の領域を超える。その感覚を確かめるまでもなく、奏は窓の縁を蹴った。半ば粉砕された窓の縁。そして奏はラニを抱き上げたまま宙を舞った。


強化、維持(ストック)情報、読込(ダウンロード)読込、完了(コンプリート)! 重力制御、開始(リーディングスタート)!!」


 二人を地に引き寄せようとしていた重力を制御し、自らの体にかかる重力を軽減化する。そして奏はビルとビルの間を蹴って少しでもテロの現場から離れようと努める。ラニは少し苦しそうにしているが、少し我慢して貰うしかない。
 その行く先で悲鳴を上げる者がいる。銃を放ち、何かを叫んでいる者がいる。死体にすがりついて涙を流す者がいる。千切れたのだろう腕を押さえて絶叫する者がいる。
 奏自身は気づいていなかったが、ラニは気づいた。気づいてしまった。奏の表情が恐ろしく冷たくなっていたことを。無表情とも違う。だが、表情がない。そして放たれる気は殺気。刃のように研ぎ澄まされた殺気だ。
 そのままラニを抱えた奏は被害の無い、人々の避難が進められている場所の付近まどたどり着く。ビルの影から、ビルの壁を蹴りながら着地し、ラニを下ろす奏。その瞬間、ラニは奏の腕を掴んでいた。


「どこへ、行くつもりですか?」
「…助けを待っている人がいる」


 ぱん、と。
 乾いた音が響いた。ラニの掌が振り抜かれていた。それは奏の頬を打っていた。奏は予測していたのか、先ほどと同じ表情を動かさないまま、ラニを見ていた。ラニは息を荒くして奏を睨み付けていた。
 そして奏の服の襟を掴みあげる。奏を睨み付ける瞳には涙が溜まっている。唇は震え、歯からはかちかち、と不快な音が聞こえてくる。それもいつしか歯ぎしりに変わり、ラニが奏の胸を叩いた。


「どうして…どうして貴方は―――っ!!」
「…ラニ」
「そんなに死にたいんですか!! どうしてそんな生き方しか出来ないんですか!! どうして……どうして……私を置いていこうとするんですかっ!!」


 奏を見上げる瞳には、ただ、どうして、という疑問が満ちていた。そして縋り付くような視線だった。行かないで、と。ラニの瞳はただ一心に奏に訴えている。


「ただ、一緒に旅して、ただ、おいしいもの食べて、ただ、色んなものを見て、ただ、楽しいだけじゃ…駄目なんですか…?」


 奏の胸に額を押しつけてラニは涙を流していた。声は震え、涙声になっている。そんなラニを奏は抱きしめた。力強く、だが、包むように優しく。そして、耳元で彼女は囁いた。





 ―――ごめん、ラニ。…サヨナラ。





 そして、ラニの首筋に軽い衝撃が走った。それを最後にラニの意識は途切れていく。どうしようもなく、ただ、その時、胸が痛かった。





 * * *





 焔が踊る。世界を飲み込んでいく。そこに一人の男の子がいた。その男の子は瓦礫の下に足をつぶされた姉の手を引いていた。


「お姉ちゃん、逃げないと、逃げないとぉ!」
「…私…もう、だめ…足、ぬけない…だから、逃げて…」
「お姉ちゃんっ!!」


 男の子は悲鳴をあげる。その瞬間だった。爆発の影響で崩れたビルの欠片が二人へと降り注ごうとしていた。男の子はただそれを呆然と見上げることしかできない。姉の逃げて、という悲鳴すらも遠い。


「――――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)


 その時、何故かその声が聞こえた。静かな声音で紡がれたのは呪文。


「―――“偽・螺旋剣(カラドボルク)”!!」


 閃光が走った。それは次々と瓦礫を打ち砕いていく。細かな瓦礫は閃光の衝撃によって細かな粒となって飛散する。そしてその閃光が向かう先は巨大な瓦礫だ。だが閃光では打ち砕くのは明らかに不可能な大きさ。打ち砕けたとしても先ほどと同じような瓦礫が降り注ぐだけ。


「――”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”!!」


 しかし、奇跡は二度起きた。閃光は更なる閃光と爆発を以て瓦礫を吹き飛ばす。それによって爆風が巻き起こり、男の子は思わず目を覆う。そして爆風が消えた頃、ようやく目を開けられるようになった。


「――大丈夫?」


 そしてその声はかけられた。先ほどの爆風で焔もその周辺のものは吹き飛ばされる。見上げる形となったので、空が見えた。空、そしてその空に浮かぶ月を背後に背負いながら立つのは一人の少女だった。
 その少女に男の子は見覚えがあった。昼、自分が手放してしまった風船を取ってくれたニンジャのお姉ちゃん。だが昼、見た格好とは違う。纏うのは焔よりも鮮烈の赤の衣だった。
 暫し呆然と彼女を見つめていた男の子だったが、不意に彼女が姉の足の上に乗っていた瓦礫に手を添えた。そしてあろう事か、それを―――。


「くっ、ぁ、ぁぁああああっ!!」


 ――持ち上げた。それに驚く男の子と女の子。だが、男の子はすぐ様、姉の手を引いて姉を瓦礫の下より引きずり出す。その足は見るも無惨な状態ではあったが、姉が助かったと少年は喜びに姉を抱きしめた。
 その二人の様子を見ていた少女は、不意に何事かを呟き、姉の足へと手を伸ばした。すると、彼女の手にはまるで手品のように布が現れ、それを丁重に足へと巻き付けていく。


「――情報、読込(ダウンロード)読込、完了(コンプリート)治癒、開始(リーディングスタート)!!」


 そして彼女が何事か呟くと、足に巻かれた布から淡い光が放たれたかと思うと、足の痛みが無くなっていく事に女の子は呆然とした。そう、それはまるでお伽噺に出てくる魔法使いのようだ。
 そして光が消える。今度は少女は男の子と目を合わせた。少女に見つめられた男の子はびくっ、と身を震わせて。


「…ここからお姉ちゃんを抱えて逃げなさい。ここは危ないから。ここをまっすぐに走れば避難している人がいるから」
「え、あ、えと」
「私は行かなきゃいけないから。だから、おまじない」


 そして、少女は再び何事かを呟いた。すると少女の手には何やら古びた刀をかたどったようなアクセサリーが握られていた。少女はそれを少年の首にかけ、額に手を添えた。もう一度少女が何かを呟く。
 すると少年の体から力が湧き出るのを感じた。それに戸惑っていると銃声が遠くから聞こえてきた。銃声の凶悪な音に少年は身を竦ませる。その少年の背を少女は押す。少年の姉をその背に乗せるようにして押しつけて。


「走って!! 後ろを向いちゃ駄目!! 行きなさい!!」


 それは切羽詰まった声だった為に鋭い声だった。それに促されるように少年は姉を背に背負いながら駆けだした。本来の少年の体力と力では不可能だろう。だが少女は彼に魔術を施した。
 それは数分もすれば解けてしまう効果だけれど、ここから逃げ出すのは十分だろう。触媒として投影したあれも即興のものだ。それでも効力は十分。ならば、後は信じるだけ。
 奏は前へと視線を向けた。そこには銃を構えた男がこちらに照準を向けている。そしてそのまま何かわめき声にも似た声を上げながら銃の引き金を引く――前に、その額を一本の矢が貫いていた。
 焔の傍で倒れ伏す男。放っておけばそのまま焼かれて灰となるだろう。今、正に命を奪った者の顔を少女は見下ろす。その手には黒塗りの弓が握られていて。


「……9も救えるかわからない。10なんて無理。…それでも、じゃあ―――」





 ――足掻きに行こうか。





 * * *





 そのニュースはこの世界に有り触れたニュースだった。テロのニュースだ。どこの国で、どれだけの規模のテロで、どれだけの人が死に、負傷したのか。
 ただそれだけのニュース。だが、その中で生存者の多くが語ったある目撃証言がある。それは一笑に付すもので、されどあまりにも多くの者が語るので特集が組まれた。


 曰く、『戦火を駆けた魔法使い』


 魔法使いは不思議な光を以て人を癒し、瓦礫を砕いて人を助けたという。彼女に「おまじない」をかけられた者はまるで自分の体ではないと思うような力を発揮してテロの現場より逃げ延びた。
 それは世界中に広く報道された。そしてそれは勿論、闇に潜む者達の耳にも届く…。
 世界が動き始める。ただ一人の少女の、仕組まれた運命の胎動と共に…。





 
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