次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■幻月の乙女 第1章「Thus, she swore it」
2010/11/29 Mon朧月の契り
 夜の闇。暗がりに沈む世界を灯すのは人々が生活している証である人工の灯火。整備された道路には車が数多く往来を繰り返し、その光は瞬きを繰り返す。それを窓から見下ろすのは奏だ。
 身にまとっている服はパーカーにミニスカートと言った一般的な格好だ。学生服しか碌に着たことが無い為か、不意に自らの格好に視線を下ろしてはスカートの端をつまみ上げたりしている。


「…さて、そろそろお互い落ち着きましたか」


 こほん、と小さな咳払いと共に部屋に声が満たされる。奏が居る部屋に泊まっているもう一人の人間。その名はラニ=Ⅷ。聖杯戦争の最中、聖杯を巡るライバルであったのと同時に、奏が命を救い、友という協力者として聖杯戦争を共に駆け抜けた人。
 もう二度と会う事のない、と思っていた彼女との再会は奏にとっても、そしてラニにとっても予想外の事であった。そして彼女達は現在、ラニが借りていたホテルの部屋に戻って落ち着きを取り戻すまで時間を置いていた、という訳だ。


「…えと、まずは、また会えて、良かった。ラニ」
「…はい。貴方と会えるだなんて…奇跡、と言っても良いんでしょうか」


 奏が声をかけようとして迷いながらも言うと、ラニは目を伏せ、小さく頷きながら告げる。しかしそこには言葉とは裏腹な彼女の思案の顔が見られた。それに奏は戸惑いを消していき、ラニと真剣に向き合うように表情を正した。
 ラニはそんな奏の様子に気づいたのか、伏せていた瞳を開き、奏へとまっすぐに視線を向ける。そこには疑問の色が隠される事もなく現れていた。


「教えてください。奏。どうして貴方は生きているんですか?」
「……わからない。気づいたら私はあそこに居た。それでラニと再会したんだ。本当だったら私は聖杯に願いを叶えてもらった後、不正なデータとして消されるはず、だったんだけど…」
「…奏は聖杯に「自分が生き残りたい」と願ったのではないのですか?」
「…私が願ったのは…」


 ラニの問いかけに奏は一度瞳を伏せた。トワイスとセイヴァーとの戦いの後、ラニと最後の別れを済まし、聖杯へと接続した。その中で聖杯に託した願い。それは…。


「…聖杯戦争に関わった人達がどうか幸せであるように、って願った」


 そうだ。自分は確かにそう願った。あの戦いにおいて失われた命は自分が知る限りでも最低128名。そして予選にも参加していた人数を含めるともっと多くの命が失われたという想像は難しくはない。
 そしてそこで失われた命もまた理不尽なものだった。遊び感覚、興味本位で参加した者の命すらも奪ってしまった。あぁ、それは果たして有って良いことなのか? 認めて良いものなのか?
 以前の自分ならそれは許せない、と言ったかもしれない。聖杯戦争そのものが間違っている、と。だが、その考え方を変えたのは間違いなく自らが羨望を抱いた少女-遠坂 凜の影響に違いない。
 彼女は言った。戦いを通して相手を知っていく。それは決して間違った事じゃない。競い合い、その中でお互いを高めあっていく。これも間違ってはいない。間違っているとするならば、そこで終わってしまうという事だ。
 その最もな例がレオだった。悔しい、という感情を奏との戦いに敗北した彼はそう言った。しかしそれを生かす機会が無いことを心の底から絶望していた。彼は生きていればもっと先へ進めたはずだ。彼と剣を合わせた奏にはよくわかる。
 そしてトワイスが言った通り、この戦争が自分を育んだ。それも否定出来ない。命がけで、剥き出しの争いだったからこそ、願いは強く、思いは堅く、空っぽであった奏に多くのモノを与えた。
 聖杯戦争を否定しきれない。それはトワイスと同じ。だが、奏はそれでも、いやだからこそ幸いがあれと願った。これで終わり、なんてのは悲しすぎる。だからどうか幸いがあって欲しい、と。
 それがどんな形になるのかはわからない。果たして、結局彼らは救われたのだろうか、と疑問に思うも、今はそれは後だ。


「…まぁ、そんな感じで私は別に私の生存を願った訳じゃ…」
「そうですか。…でもそれなら、確かに貴方がここに居るのは理に叶っている」
「え?」
「…私の幸いは、貴方とこの世界を生きる事なんですから」


 微笑み。ラニは心の底から笑っていた。その瞳からは先ほど、流し尽くしたと思わんばかり溢れた涙がまた伝っていた。だがそれは一滴。だがその一滴にどれだけの思いが込められているのかと思えば、されど一滴であろう。
 ラニは涙を拭い、奏と向き合う。微笑みを崩さぬまま、ラニは奏との距離を近づける。もう少し近づけば触れあってしまいそうなほどの距離。奏はラニの視線に飲まれ、退く事が出来ずにその距離でラニと見つめ合ってしまう。


「…良かった。貴方がいない間の時間、私にとっては世界が灰色に、無感動になったも同じでした。だからこそあの日々が輝かしかった。こんなにも現実は満ちあふれているというのに、虚構でしかなかったあの世界が輝かしく思えるなんて…心とは不思議なものです」
「…ラニ」
「ありがとう…ありがとう、奏。ここに生きていてくれて。私はそれだけで良い。今は、それだけで…」


 後は声にならなかったのだろう。ラニは奏の胸に顔を埋めるようにして抱きついた。奏はそんなラニを抱き留める。ラニの体は小さく震えていた。押し殺すように息を吐き出している。それはまるで嗚咽を堪えているようで。
 そんな背中を奏は優しく叩く。一定のリズムでラニの背中を何度もさするように叩いていく。最初の頃は強ばっていたラニの体だが、次第にその力を抜いて奏に身を預けるようになった。
 ラニが何も言わなければ、奏もまた何かを言うことはなかった。静かな時間だけが流れていく。そんな中、奏は空を再び見上げた。窓の外には月が浮かんでいた。満月だ。青白い光を放ちながら浮かぶ月を奏は何気なしに見上げ続けた。
 幸いあれ、と自分は望んだ。聖杯はそれをどんな形で叶えたのだろうか? 失わせてしまった命。失ってしまった命。私の願いはそれを全て無にしてしまう事だったのか? と。 思考はただ巡る。だが、わずかに身じろぎしたラニの気配を感じて奏は思う。それがきっと誰かにとって無駄で、意味の無い事だとしても、この友人が喜んでくれた。なら、それで良いじゃないか、と。
 月を見つめる。奏はその月に向けて小さく、「ありがとう」、と呟いた。月はただ静かに月光を放つだけであった。





 * * *





 ここは天国なのか。
 奏は思わずそう思わざるを得なかった。あの後、ラニとそのまま寝てしまい、朝を迎えた。シャワーを浴びて軽く身だしなみを整えた二人が向かったのは朝食だった。
 バイキング形式の食堂にはちらほらと人が座っているのが見える。が、奏にとってはそれはとても些細な事であった。目の前には多種多様の料理がずらり、と並んでいる。これを好きに食べて良い、と言われれば思わず唾を飲んでしまった。


「あぁ、ラニ、聞くけどここで食事を取るのは良い。――だけど、これ、全部食べてしまっても構わないんでしょう?」
「…はぁ、まぁ、お好きにどうぞ」


 そんな珍しい料理が有るわけではないんですけどね、というラニの呟きは聞こえない振り。あぁ、確かに知識としては知っている。しかし現物として見るのは実際初めて。焼きそばパン、カレーパン、麻婆豆腐と数少ない食事で舌を慰めていた記憶がさらに食欲を加速させる。
 糧を、食糧を! この舌にその味を得と堪能させ満たせ! さぁ、バイキングよ、食材の貯蔵は十分か?
 そして暫くして、満足げにお腹を撫でている奏と、その前に積み重ねられた皿の数々と呆れた表情でこじんまりとした食事を終えたラニ、という図が出来上がっていた。そして彼女たちには注目が集まる事は当然。
 バイキングはいくら食べても良い、とは言ってもさすがに食い過ぎではないのか? しかも朝食。周囲にざわめきが満ち、それによってラニの肩身もまた狭いものになっていた。


「うぅん、食事はやっぱり良いねぇ。弁当もおいしかったけど、食事ってやっぱり大事だよね」
「…はは、そ、そうですね」


 何ともいえない表情で奏に肯定の言葉を告げるラニ。実際、すぐにでもここを立ち去りたい訳だが、逆に野次馬の所為でこれまた下手に動く事も出来ない。困ったように眉を寄せていると、どよめきが大きくなったように聞こえた。
 それは奏達の方角とはまた違う方からのどよめきだった。何事か、とラニが野次馬達が作った人垣へと視線を向ける。そうすると人垣がまるでモーゼが海を割るように割れていき、そこから一人の少年が歩んできた。
 その姿にラニは目を驚愕に見開かせた。そして言葉を失うラニに食後の余韻に浸っていた奏はようやく気づいたのか、ラニへと声をかけた。


「ラニ? どうかしたの?」


 が、返答が無い。いったいどうしたのか? と奏が首を傾げる。そこに小さな含み笑いのような声が聞こえた。奏が吊られるようにして顔を笑い声の方へと向ける。


「お久しぶり、という言葉が相応しいですかね? 衛宮 奏さん」


 え? と。奏は動きを止める。そこに居たのは一人の少年。あぁ、その身に纏う雰囲気、見紛う事はない。彼は…――!!


「レオッ!?」

 ハーヴェイ財団の次期当主と名高いレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイがそこに悠然と立っているのであった。





 * * *





 奏の初感想曰く「走りにくそうな車」と感想を受けたリムジンの中に奏、ラニ、レオの三人は居た。奏とラニは隣り合うように座り、その向かいにはレオが座っている、という態勢だ。
 奏はリムジンの中で出されたお菓子を夢中で食べている。満面の笑顔でお菓子を頬張る姿はまさに子供のようだ。それにラニは思わず頬が緩みそうになるも、必死に表情を引き締めてレオを見ている。
 そんなラニとは対照的にレオはそんな奏の姿を緩んだ表情で見つめていた。まるで愛おしい者を見る目つきだ。それがラニの警戒を助長させる事となっているのだが、果たしてそれは無意識か、意図的か。


「にしても、レオ。生きてたんだね」
「いいえ。恐らくは死んでいたでしょう。でも僕を蘇らせたのは貴方ではないのですか?」


 お菓子を頬張る手を止めて奏はレオへと問いかけた。奏の問いかけにレオは穏やかな笑みを浮かべたまま首を振って否定する。代わりに今度はレオからの問いかけが奏へと向く。奏はレオの問いかけに、んー、と小さく唸った後。


「わかんない。私は聖杯戦争に関わった人達が幸せになりますように、って願っただけだから」
「…なるほど。それなら納得です。やはり僕の命を救ったのは貴方だ。奏」


 うん、と頷くようにレオは笑みを浮かべて奏に告げる。奏自身はきょとん、としている。そんな奏にレオはまっすぐに奏へと視線を向ける。自然と居住まいを正してしまう空気だ。実際、奏の背筋がぴん、と伸びている。隣のラニも同じだ。


「僕は貴方に敗北した。僕には足りなかったモノがあった。絶対者として生まれたが故に欠けていた中身、というべきもの。上から見下ろすだけでは得られなかった苦渋の感情。絶望の深さ、それを貴方が、そしてガウェインが教えてくれた」


 足を組み、その上に握り合わせた拳を乗せてレオは静かに、感慨深げにそう言った。そこには溢れんばかりの感謝と敬愛の気持ちが込められていた。自らに自らの足りないモノを教えてくれた奏と、それを教えられるだろう相手の下まで自らを敗北させなかったガウェインと。
 二人がいたからこそ成り立ったあの戦い。そして戦いを終えた後の苦く、暗く、重苦しい敗北の味。そして後悔と自らの道を閉ざされた絶望感。せっかく得たモノを生かすこともなく朽ちていく事への抵抗。


「消えた、と思ったら僕は気づいたらいつの間にか現実へと復帰していました。何が起きたのかわからなかった。そしたら兄さんもまた同じように目覚めていたんです」
「ユリウスが?」
「はい。…兄さんもまた貴方に救われた一人なんでしょうね。今なら僕は兄さんの苦しみがわかる。…いいえ、僕にわかる、だなんて傲慢な事は言えない。兄さんの苦しみは今の僕では理解出来ない。ただそれがとても苦しかったという事しか、僕にはわからない」


 ユリウス、レオの異母兄にして聖杯戦争のマスターだった。レオに聖杯を渡す為に暗躍を繰り返した。その内に秘めた思いに触れた事を思い出し、奏は思わずそっか、と僅かに呟いた。


「兄さんは何も言いませんでした。ただ、変わらない。兄さんはこれからも僕の為に尽くす。それは変えない、と思います。だから…僕が変わらなければならない。僕は人の心を知らないままではいけない。…そして、血を分けた相手なら尚更です。…そうしなければ貴方にもガウェインにも申し訳ない」
「…私? 私は別に…ガウェインは、まぁ、アーサー王の伝説を知ってたらちょっと思うところもあるけど…」
「ですが、貴方は両親と言うべき人。家族というべき人はこの世にはいない」
「―――」


 あぁ、そうだったけ、レオの言葉に奏は特に何も思う事無くそう思った。それが奏にとっての当たり前だ。自分に親、肉親などいない。記憶も無い以上、それは仕様がない。居ない事が自分にとっては当たり前なのだ、と。


「…でも普通はそんなの当然じゃありません。血が繋がっているから、というのは理由の一つに過ぎませんが…僕は、今まで僕に尽くしてくれた兄さんに何かを返したい。そう、思えるようになりました。今まで、僕のために汚泥の全てを被ってきた兄さんに、どうにかして報われて欲しい。…僕にとって、本当に家族だ、と言える人は兄さんだけですから」


 レオは気まずげに奏から視線をそらした。彼女への気遣いなのだろう。以前のレオからは考えられなかった仕草だ。そしてレオの言葉にラニが何かを思うように目を伏せたが、それに奏は気づかなかった。


「僕は変わりたい。そして本当の王になりたい。民衆の為の、最高の王様に。それが最高の騎士に仕えられた僕の願いです」


 だから僕はここにいる、とレオは強い意志の光を瞳に込めて頷いた。それに奏は嬉しそうに微笑む。無駄じゃなかった、自分と彼の戦いは。そして彼ならばきっとその夢を叶えられるだろう。彼の言ったとおり、最高の騎士が彼を王と認めたのだから。


「…いつの間にか話が逸れていましたね。ともかく、僕たちを救ってくれたのは貴方だ。奏。だからこそ、僕は君に恩返しがしたい」
「恩返し、って…私は別に良いよ。レオ”がこれから幸せになってくれるなら。それで」
「それでは僕が納得出来ません」


 奏が謙虚に手を振るが、それにレオは眉を寄せてわずかに奏へと詰め寄る。その剣幕に奏は思わずたじろぐ。


「うっ…じゃ、じゃあ、何か願いが出来たら…お願いするよ」
「はい。わかりました。その時はハーウェイ財団あげてご協力しましょう」


 レオの一言にはは、と奏は笑って返していたが、隣のラニは気が気じゃない。霊子世界の住人である彼女はレオの一言がどれだけの意味を孕んでいるのかまったく理解していない。言うならば彼女の一言で世界が動くと言っても過言ではないのだ。
 とんでもない事だ。しかも更にその本人はその意味を理解していない。思わずラニは頭が痛くなってきた。どうしようもない現実にラニは思わず現実放棄したくなるほどだ。


「…ぁー、ところで、レオはどうして私があそこにいるってわかったの?」
「兄さんが貴方のデータを覚えていたので、足を運んでみたんですよ。そしたら貴方はもうとっくに目覚めていて、この冬木市にいると…」
「冬木市!?」


 レオの言葉の中の一つの単語に奏は食いつく。レオの肩を掴んで詰め寄る。突然の奏の行動に驚き、そしてその距離は吐息が触れあうほどの距離。レオの顔が驚きと共に朱に染まっていく。同時にラニの剣幕が鋭いものになっていくのに奏は気づかない。


「ここって冬木市なの!?」
「え、えぇ、そ、そうですよ?」
「じゃあ、レオ! さっそくお願いがあるの!!」





 * * *





 それは古びた屋敷だった。
 ぼろぼろとなり、ツタが蔓延り、雑草によって庭は荒れ放題。そこにあったのは一件の武家屋敷。久しく人が足を踏み入れていなかったこの地に人が足を踏み入れた。
 奏だ。奏は迷わず屋敷の傍へと歩み寄り、その屋敷を見上げた。そっと胸を押さえる。そこに感じるのはわずかな痛み。思わず口を開けてその屋敷を奏はジッ、と見つめる。


「…衛宮…ここは、貴方の家、ですか?」


 衛宮、とかけられた表札。古びて読みにくいが確かにそこには衛宮と記されていた。ラニは思う。ここは奏の住んでいた家なのだろうか、と。レオも同じ気持ちなのか、ただ心配げに奏を見つめている。
 奏は二人の様子も気にせず、ただ屋敷を見つめている。そして何を思ったのか、足を進めていく。無言で歩き出した奏を、また無言で追うラニとレオ。
 雑草を踏み分けて奏は歩く。何故だろうか、覚えているようで覚えていない。知っているようで知らない。知っているはずなのに知っているはずがない。矛盾した感覚が奏の胸の中で燻る。
 縁側へとたどり着く。古びた戸に手をかけると、抵抗こそあれど開きはするようだ。奏はゆっくりとその戸を引いた。がたがた、と鈍い音を立てて開かれた今の風景に胸の中で燻る感覚は強まっていく。
 それと同時に、左手がうずくような感覚を得た。それは聖杯戦争を終えて失ったはずの「彼」との契約の証があった場所で。
 再び奏は歩き出す。今度は足を向けたのは土蔵だ。その扉を無理矢理に奏は開く。そして――。



『問おう、貴方が私のマスターか?』



 黄金の光景が脳裏に走った。
 美しい金紗の髪を結い上げ、白銀の鎧と青のドレスを纏った美しい騎士だ。それを見上げるように見ている光景。
 あぁ、と。奏は理解した。理解してしまった。時代が異なれど、世界が異なれど、存在が異なれど、私という存在は確かに「彼」と対なる存在であったのだと。
 それが切っ掛けとなるように情報が次々と降りてくる。まるで彼の記憶を読み取るように。


『爺さんは大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ、任せろって、爺さんの夢は俺が現実にしてやる』

『聖杯なんていらない。俺は…置き去りにしてきた者の為にも、自分を曲げることなんて出来ない』


 夢を抱き続けた彼の生き様…。そしてその果てに待っていた絶望の末路。そして過去の自らに八つ当たり同然だとしても殺意を抱かざるを得なかった。


『…オレはね、セイバー。英雄になどならなければ良かったんだ』

『その理想は破綻している。自分より他人が大切だと言う考え、誰もが幸福であって欲しい願いなど、空想の御伽噺だ。そんな夢を抱いてしか生きられぬのであらば、抱いたまま溺死しろ』


 ――だけども、それでも彼の骨子は変わらない。歪んでいようがそれは変わらない。


『お前には負けない。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない!!』

『…間違い、なんかじゃない…! 決して間違いなんかじゃないんだから!!』


 ――そうだ。間違いじゃない。間違いであって欲しくない。いや、間違いだとしても私は正しいと叫ぼう。


『答は得た。大丈夫だよ遠坂。俺も、これから頑張っていくから』


 これは「彼」の記憶。彼が歩んでいたかもしれない記憶。どこかに確実にあったのだろう物語。彼の生き様、彼のその結末を私は知っていく。
 わかる。わかっていく。わかっていってしまう。その気持ちまでも。この消えた繋がりは決して消えない。だからこそ、知ろうとしたが故に彼女は理解してしまう。


「シロウ…」


 名を呼ぶ。


「シロウ…ッ!!」


 会いたいよ。


「シロウッ…!!」


 もう一度、君に会いたい。
 君の全てを肯定したい。
 君は間違っていないともう一度貴方に告げたい。
 だけれども、もうその言葉が届かないと言うのならば…。


「――ありがとう、シロウ。私…絶対幸せになる」


 ――この命は、他ならぬ貴方に拾ってもらった命だから。





 * * *





「…ごめんね。変なお願い聞いてもらって」
「いえ、構いません」
「…私もです」


 リムジンへと戻った三人は静かだったが、奏の切り出しによってようやく会話を取り戻す。土蔵の前で涙を流し、誰かの名を呼びながら蹲ったかと思えば、ゆっくりと立ち上がって笑みを浮かべた彼女にレオとラニは何も言えなかった。
 結局、あの家にどのような意味があったのか、二人にはわからない。そして聞いてはいけないような気がした。聞けばきっと奏は教えてくれるかもしれない。だが、今は、何となく聞く事が出来なかった。レオも、ラニも。


「あ、レオ。あと、もう一つ行きたい場所があるんだけど…」
「え? あぁ、構いませんよ。どこへ行きたいんですか?」
「うん。えっとね…」


 奏は記憶を頼りにその場所を思いだそうとする。「彼」の記憶。それとは異なる道だが、それでも世界の形状はあまり異ならないようだ。奏の記憶した通りの場所に、あの屋敷は存在していた。
 リムジンから降りた奏は真っ先にその屋敷へと駆け寄っていく。今度は西洋風のお屋敷であった。門は堅く閉ざされ、人が入るのを明らかに拒んでいる。
 その表札には、「遠坂」と表札がかけられていた……。





 
  
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