次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■朧月の契り 第2章 09
2010/11/26 Fri朧月の契り
 なんてことのない。彼と、彼女の相違点。模倣し、劣化したと言っても良い彼女がそれでも笑えていたのはこの相違点がそもそもの原因だ。
 これこそが彼が絶望した理由にして、彼女が絶望しなかった理由。それは確かに正義の味方としての質こそ劣化させたものの、それ故に絶望しなかった。
 だから彼女の心には絶望は宿らない。それはある種、人間としては破綻しているものの、同時に人間としてまた正しい。それをどちらと取るのかは受け取る人次第だ。
 さて、そもそもの相違点。彼は憧れ、彼女もまた憧れた。それは変わらない。ならば違うのはただ一つ。彼女は愛したのだ。その身の行く先も、末路も、価値も、その全てをかけて愛した。ただ、愛し続けて、今なお、愛している。
 その愛は独占欲などは絡まない。それは信仰にも似て、同時にそれは同種に抱く親近感でもあり、どうしようも届かない憧れでもあり、また、その全てでもあり、また全てでもない。
 その愛に形はない。その愛には報酬などない。その思いを抱き続けるこそが彼女の存在の意味にして、彼女の強さにして、彼女の全てだ。
 救われた。そして救いたいと願った。だから、その身がどうなろうとも、ただ、ひたすらに彼を向けて走り続ける事を決めた。それが、絶対に幸せになれると信じた道だったから。
 立ち塞がる者など無い。あるとするならばそれは己自身。ならば、負ける道理などない。この身はただ、彼を愛したいと望み続けるのだから。





 * * *





「――シッ!!」
「――ツッ、ァッ!!」


 すぱん、と音が響く。衛宮邸に存在する道場。その道場にて舞い踊るのは二人。一人は色を失ったように白い女性、カナデだ。身に纏うのは赤のパーカーに、下は黒のキュロットパンツ。その下には黒のストッキング。動きやすさを意識した服装は、確かに彼女の軽快の動きを抑制しない。
 それに立ち向かうのは少年、衛宮士郎だ。シャツにジーパンと簡素な格好をした少年の両手にはやや短めに作られた竹刀だ。それを振るう。片方を振るえば、相手もまた竹刀で切り返す。
 一合、二合、三合、四合、五合、六合、止まらない、止まらない。竹刀の打ち鳴らす音が連続して響き渡る。攻めているのはカナデ。隙もなく、丹念に、念密に、執拗に士郎を追い立てていく。それは逃げ場を一つ一つ潰していくように。
 士郎は次々と消えていく逃げ場を失われる前に返す。息を吐く暇などない。無酸素運動は体に疲労を与えていく。途切れかけていく意識を何とか食らいつかせて剣舞を続ける。ただ噛みしめた歯がギリギリと鈍い音を立てる。


「っと」
「――ッ、ハッ!!」


 そして士郎にとって長い時間が終わりを迎える。カナデはとん、とステップを踏むようにして後ろへと下がる。それと同時に止めていた呼吸を再開し、士郎は息を吐き出す。酸素不足の為か脳はくらくらしている。だがそれでも確かな意志を以てカナデを睨み付けている。


「まだ行ける?」
「っ、ぁ、あぁっ! どうってことない!」
「そう。頑張れ男の子。んじゃ、ギア上げるよ?」


 ちょっと困ったような、だけど誇らしい笑みを浮かべてカナデは再び士郎へと迫る。それを士郎は途切れかけた意識を繋ぎ合わせて、再び竹刀の打ち合わせへとその身を興じさせた。
 時は12月半ばを過ぎた。イリヤ達が居候をするようになった士郎の日課はカナデとの剣の稽古。それは士郎にとって嬉しい出来事だった。カナデの動きを真似るだけでそれがしっくりと来るような感覚。士郎の剣士としてのレベルはカナデ達の同居からかなりの上達を遂げている。


「まぁ、そもそも私の剣は未来の貴方の剣の模倣だからね。貴方に合うのは当然だ」
「…、…、…っ、そんな、もん、か…」
「はいはい、おしゃべりは良いからゆっくり休みなさい。朝食の用意はセラと桜がやってくれるだろうし。お掃除だってリズがやってくれる。士郎はここで私の打ちのめされていなさい」


 道場の床に体を大の字にして倒れ込む士郎の額にそっと濡れたタオルを置く。その冷たさに士郎は眼を細める。その士郎の表情を愛おしげにカナデは見つめながら、その肩をぽんぽん、と叩いた。
 この稽古の提案をしたのはそもそも、カナデだ。士郎に関わる事は禁じたが、士郎が望むなら士郎に戦い方を伝授しても良いと。士郎はそれを快諾し、こうしてカナデに打ちのめされる毎日だ。
 …まぁ、カナデが士郎に稽古を付けると言った際に虎が吼えた訳だが、今となっては士郎以上に打ちのめされる事となり、この稽古に吼える事は無くなった。別に肉体的にいじめ抜いた訳でもなく、ただあっちが勝手に精神的に折れてしまっただけだが。
 そんな中、士郎は実感している。自分の剣がだんだんと彼女と打ち合えているようになっている事を。それは確かな成果だ。勿論、彼女が本気を出せば士郎が勝てる訳がないというのはわかる。魔術をも含めた総力戦になれば自分は彼女に勝てないというのを士郎はよく理解した。
 それが英霊と人間の差だ。そもそものスペックからして違う。相手は偉業を成し遂げて人間から昇格した存在だ。その存在と張り合おうなどとする事事態、まず間違っている。その認識をこの稽古によって士郎は嫌という程教えられた。そしてだからこそ、士郎に関わるな、というカナデの真意が見えた。
 衛宮士郎は魔術師としても半人前。戦士としても未熟者。そんなぽっと出の自分が聖杯戦争に関わろうとするならばそこに待つのは死のみだ。衛宮士郎は理想に殉じるも、何も為せぬまま、志半ばにて散るだろう、と。


「…くそ、わかってても、悔しいな…」
「本当に頑固というか、負けん気が強いというか、まぁ、つまる所、馬鹿?」
「馬鹿とは何さ? 馬鹿とは」
「本気で英霊と戦って勝とうと言うこと自体馬鹿げてる。何? 英雄にでもなりたいの? 士郎君」
「俺はそんなんじゃ…」
「まぁ、最悪士郎君がやるなら、どっちかというと弓で不意打ちで一撃で潰すのが一番かな? 士郎君の弓は正直、驚異だから。…うーん、そっちの方もメインで教えていくべきかなぁ」


 関わるな、と言いつつも、カナデは士郎に積極的に教えを施している。それに士郎は、実は少し申し訳なく思っていた。士郎にとってどんなに無力であっても聖杯戦争は譲れないものだ。関わらない、などという選択肢は無い。
 それは士郎が正義の味方になりたいと思うから。理不尽に晒される弱きを助ける為に。ただ願いを何でも叶えるという器を巡ったその戦いに犠牲者が出ないように。だから戦う為の牙を研いでいる。それがどんなに届かないものだと知っても。
 それを曲げない事を彼女は知っているから士郎を鍛えてくれている。無論、カナデが指導しているのは剣だけではない。戦いに必要な知識、経験、理論…。それを文字通り体に叩き込んでくれる。…その最中に、彼女はどうしようもなく困ったように笑う。わかっていてもどうしようもない、と言うように。


「…カナデさんは、嫌なのか? 俺に戦う術を教えるのは」
「…む? 急にどうしたのさ」
「…いや、なんとなく、そんな気がして」
「…嫌だなぁ、士郎君。人に気を遣う余裕があったのかな? だったらもうちょっと厳しくやった方が良かったかな?」


 にんまり、と笑ってカナデはぞっ、とする事を口にした。思わず士郎の背筋に悪寒が走る。これは不味い、と士郎は身構えかけるが、その危険な気配は消えて、カナデはやっぱり少し辛そうな、困ったような笑みを浮かべて。


「うーん、まぁ、平和が一番だよね。本当に。だけど…そうもいかないでしょ? お互いに。…まぁ、私は終わっちゃったけど、…って言っても、士郎君に言っても無駄か」
「……」


 その、諦めたような溜息に士郎は眼を細めた。彼女と接するようになってわかった事がある。彼女は酷く自分と似ている、と。そして認めたくない事実を容易に、ごく自然に彼女は自身へと突きつける。
 それは眼を向けないようにしていたのか。それとも本当に気づかなかったのか。だが、士郎は気づいてしまったのだ。彼女は自身の写し鏡だ。だからこそ彼女は士郎を咎めない。留めない。だけど、留めたいという思いが見え隠れするからこそ、士郎は苦しい。
 彼女の肯定があるから自分は進める。だけど、それは彼女は本当は、きっとそれを望んでない。多分、誰よりも一番望んでない。だけど、それを一番知る彼女だからこそ、また彼女は止めないのだと、士郎はいつしかわかってしまった。
 そう、だからこそ―――。


「シロウ、カナデ、稽古は終わったのかしら?」


 道場の扉を開くのと同時に入ってきたのは銀の少女、イリヤだった。彼女は入るなり、士郎とカナデの姿を見つけてふっ、と和らいだ表情を見せて歩み寄る。そうして寝転がったままの士郎の傍に来れば、しゃがんで士郎を見下ろして。


「またこてんぱんにやられたの? シロウ」
「今回は持った方だ。…おはよう、イリヤ」


 くすくす、と笑いながら士郎をからかうイリヤに士郎は苦笑を浮かべ、まだ痛みの残る体を起こしてイリヤに挨拶をする。それにイリヤもまた、おはよう、と返して士郎に手を差し伸べる。そして士郎も自然とその手を重ねて、イリヤは体全部を使って士郎を引っ張る。
 その力に合わせて士郎は身を起こす。体の体重をかけて士郎を立たせたイリヤがひっくり返らないように手を繋いだまま、イリヤを支える士郎。その士郎の手にイリヤは笑みを深める。自然と小さな笑い声が漏れて。


「持った方、って言っても手加減して貰ってるんでしょ? 本気出させないと情けないじゃない」
「英霊に本気になれ、って俺に死ねって言ってるのかイリヤ」
「馬鹿は死なないと治らないんだって? 知ってた?」
「こら、人を馬鹿とか言うな」


 ぐりぐり、とイリヤのこめかみに軽く拳を当てて押さえる。それにきゃー、と楽しげな悲鳴をあげてじゃれているイリヤ。その二人に竹刀を片付けながら見守っているカナデ。
 比較的に衛宮家の朝は平和であった。差し込む朝日を見つめながらカナデは笑みを浮かべるのであった。





 * * *





「もうすぐ冬休みだねぇ」


 衛宮家の朝食の食卓。それは賑やかなものだ。まずは家主である士郎、そして士郎の姉貴分である大河、そして通い詰めている桜、それにイリヤ、セラ、リズ、カナデを加えた食卓を彩るものもまた量が多い。
 それの半分は食べているんじゃないか、という勢いで胃に食事を収めている大河の呟きに士郎は顔を上げた。あぁ、もうそんな時期になるか、と。


「そうだな。もう少しでクリスマスで、それから少ししたら終業式だ。そうしたら冬休み、か」
「うー、士郎達は良いなぁ、冬休み、私も欲しいよぅ…」
「こらこら、社会人がそんなんで良いの? 藤村先生」


 士郎を恨みがましいように見ながら呟く大河の姿に、カナデは呆れたように溜息を吐いた。最もだ、と言うように皆も頷いている。桜でさえ、ちょっと困ったように大河を見ているものだから大河に味方はいない。
 こうなってしまうと虎の咆吼が響き渡るのも時間の問題か、と士郎はどこか諦めたように朝食を進めている。そんな時に、不意に士郎の視線はイリヤを捉えた。イリヤはどこか不思議そうな顔を浮かべて。


「…冬休み、って、土日の休みと違うの?」
「あぁ、学校が長期間お休みになるんだよ。だいたい一ヶ月、もないけど、学校にいかなくて良いんだ」
「本当!? じゃあ、シロウといっぱい遊べる!?」


 ぱぁっ、と顔を輝かせてイリヤは食卓から身を乗り出して士郎を見つめた。士郎の日課は朝、起きてカナデと稽古をし、そしてそのまま学校へと行き、バイトがあればバイトを。生徒会の手伝いがあるなら生徒会の手伝いを。
 何も無ければ家に帰り、イリヤと遊ぶ。そして夜にはカナデと、そしてセラによる魔術講座だ。そこで士郎は初めて知ったのが魔術回路のスイッチの存在だ。カナデすらも呆れていた一から魔術回路を作るという無謀な行いにイリヤ達が士郎を叱り通したのは既に過去の事だ。
 今では士郎はスイッチを得ている。…その方法はカナデによるちょっと過激で強制的な解放であったが、今では魔術の成功率も上がり、良いこと尽くめだ。
 さて、そんな充実した毎日を送っている士郎だが、そんな士郎が本当に心の底から気を抜いていられる時間というのがイリヤとの時間だと言うのは言うまでもないだろう。また、イリヤも士郎との時間を積極的に持とうとしている節もある。
 魔術講座は士郎と共に受けるようにしているし、暇さえあれば士郎とカナデの稽古を見学している。士郎が家にいる時、イリヤは基本的に士郎から離れない。それはまるで今まで埋められなかった時間を埋めるようで。
 そんなイリヤが士郎が家にいる時間が増える、というのは嬉しい事なのだろう。それを士郎も感じ取ったからこそ、思わず、そうだな、と返答を返しながらも力の抜いた笑みを浮かべた。





 * * *





 日が沈み、夜の闇が近づきつつある。そんな中、大河と桜はそれぞれの家へと帰宅し、残されるのは士郎とイリヤ達になる。講座の時間までには時間がある。その時間を士郎はイリヤと過ごす事を決めた。
 じゃれつくイリヤに、士郎が若干困ったように対応しているが、士郎が嫌がっている様子はない。むしろ、イリヤは本気で士郎が嫌がる事はしない。困らせる事はあれど、嫌がる事はしないのだ。
 それに士郎は気づいているのか、いないのか。姉でいて妹、兄でいて弟、確かに少しちぐはぐでおかしな二人だが、それが上手い具合に嵌っているのか違和感が無い訳で。


「…ふぅ。まぁ、良好に済んでるならそれで良い、か」


 その二人を見守る影が一つ。月光を受けた白の色彩が目立つ。カナデだ。その表情には安らぎが見える。士郎を振りまわすように我が侭を言うイリヤの姿に本当に笑みが零れる。それに士郎もまたまんざらではない顔をしているのが、本当に。


「…まぁ、士郎君の事だから悩んでるんだろうけど、ね」


 自分と良く似ている、同じになろうとする前から。だからわかってしまうのだ。お互いに犠牲の上に成り立っている身だと理解しているが故に。だからこそ、幸せをただ甘受する事が出来ない。それはまるで染みついた呪いのようで。
 いや、事実呪いなのだろう。幸せになる事が出来ない。なったとしても、受け入れる為に納得の理由が無ければその幸せを得る事だって逆に苦しい。分相応だ、と思ってしまう程に。だから士郎は今頃悩んでいるのだろうな、というのはすぐに察せられて。


「…けれど、のんびりもしてられない、か」


 年が明ければ、遂に開幕の時は迫っている。だが、その開幕こそが全てが流れるままにしかないという事をカナデはわかっていた。恐らく、年内が最後の安息と休息になるだろう、と。
 だから、踏み込まない。踏み込めば傷は大きい。自分がいなくとも士郎がいる。ならばそれで良い、とカナデは笑みを浮かべ、そしてそれを消した。土蔵の屋根の上に立ち、睨み付けるのは住宅地の向こう側…。


「…このまま進めば、まぁ、イリヤが言うことが本当なら、それはそれで好都合…」


 それを口にして、カナデは苦々しげに表情を歪めた。カナデが思い描くのはある事柄。それは苦痛を伴う事だ。それは本来ならば正義の味方を名乗るならば救うべきだ、と。
 カナデの考えた方法。それが想定する中で一番収まりの良い、けれど、それはそれ故の苦痛を見逃すという事だ。あれも、これも、何もかも取った間が故に答え。けれどそれは少なくとも痛みを伴うもので。
 本来ならばもっと良い方法もある。だが痛みは取り除けば良いというわけではない。今回の問題は正にそれだ。そうなってしまえば予測出来るものも予測出来なくなる。だからこそ手が出せない。
 …最良の結果を得る為に最低限の犠牲を。それでも犠牲を望む事にはやはり、今でも心は軋む。震えた心は嫌にでも体を震わせる。あぁ、本当にまったくもって救い難い、と呟いて。


「…それでも幸せを求める延長戦、として見る私は果たして、許されざるのか…」


 その呟きは誰にも届かず…。


「まぁ、どちらにせよ関係無いけどね。暫くはそっちの思惑通りと思うが良いさ」


 その代わり、と。


「だから、こっちがシナリオ作りするのは、別に見逃して欲しいね。いや、本当に」


 射貫くように見る瞳は何を見るのか。冷たき月の眼光は三日月の如く鋭く、未だ見えぬその敵を射貫かんとしている。
 悩むな。惑うな。ただ信じた道を行くのみだ。その為にこの身を剣とし、血潮を鉄に置き換え、心を硝子にするのだから。





 * * *





「月が綺麗ね、シロウ」
「ん? …あぁ、そうだな。今日は空が澄んでるな」


 居間でじゃれあっていた二人は縁側に並ぶようにして空を見上げていた。そこから見える空は確かに澄んでいて、朧気な光を放つ月は神秘的だと思う程に美しい。そこに添えられている星など、本当に添えられている程度で気になりもしない。
 先程まで子供のようにはしゃいでいたイリヤはただ魅入られたように月を見上げている。その横顔を士郎は見つめる。…子供のようで、でも時折、急に大人びる事がある。とても不思議な少女。


「…ねぇ、シロウ」
「…なんだ? イリヤ」
「…シロウは、さ。優しいよね」
「は? な、何だよ、急に」
「優しいよ。シロウは。…やっぱり親子なのかな。血が繋がって無くても」


 その言葉に、士郎は告げる言葉が見あたらなかった。似ている、と彼女は言ったのだ。自分と、切嗣が。…優しかった、と。それはイリヤにとって紛れもない、嘘の無い思いなのだろう。
 …だが、それが憎しみへと変わったのは…もう、わかっている。わかっているからこそ悩んできた。カナデと出会い、カナデに事実を突きつけられた時から、きっと、答えは出さなければならないのだ、と。
 ただ幸せを受け取る事は出来ない。それは、自分が許せない。あの地獄の中をただ一人、生き残って幸せになるなど、そんなの苦しい。だから、この幸せを得ても良いと言える理由を探していた。
 …得ても良いか、じゃない。…得たいと思ったのだ。この幸せが暖かいから、このまま変わらず、このまま、変わらない為に。


「…なぁ、イリヤ。俺、親父に約束したんだ」
「…何を?」
「…正義の味方になる、って。親父が志し半ばで諦めた夢を、俺が形にしてやるって約束したんだ」


 今でも鮮明に覚えている、切嗣への誓い。あの日もこんな月が綺麗な夜だっただろうか。その月の空の下、もうすぐ永い旅路へと赴く父への手向けとして送った誓い。
 俺が形にしてやると、切嗣が諦めた夢を形にしてみせると、正義の味方になるのだ、と。全ての人を救うのだ、と。そう願い、その為に鍛え、その為に進んできた。


「…その末路を、俺はもうわかってる。知ってしまった。だけど…俺は、それでも、正義の味方になる事を諦めても良いのか、って考えてしまう。…切嗣がな、笑ってたんだ。それも凄く幸せそうに。そんな笑顔で救われちゃ、憧れない訳がない。あのときの俺は空っぽだったから。だから切嗣の背に憧れて、切嗣が絶対で、全てだった。だから切嗣も出来なかった事が出来れば、きっと、なんて思ってた」


 だけど、それは所詮、夢想でしかなかった。それは叶う事の無い夢物語。


「…けど、それでも、俺は間違ってない、って思うんだ。救われなかったとか、そんなの抜きでも誰かを助けたい、笑っていて欲しい、って思いは綺麗だと思うから。それがたまたま、俺は救われなくて、だから余計に綺麗に見えてるのかもしれない。でも、綺麗だって思う気持ちに嘘はないんだ」


 だから、きっと衛宮 士郎はこれからも先、正義の味方で在り続ける。誰かを助けたい、笑って欲しいという思いだけは本当だから。借り物の理想だけれど、その理想に望むものだけは紛れもなく自分の中の真実なのだ、と。


「……じゃあ、シロウはどうするの? 切嗣と同じになるの?」
「…いいや。親父みたいにはなれない、かといって、きっと全部を救えないってのはいつか突きつけられる事実だと思うんだ。今は、それでも諦めない、って言ってられるかもしれないけど、そんなの、ただの夢物語だって、もう、よくわかった」


 諦めない、という気持ちは今もまだ胸の中に残っている。けれど、それが叶わない、無謀で、その先にある結末の一端を知ったしまったが故に士郎はもうただ無謀にその理想に突き進む事は出来ない、と。


「…考えても、答えなんて出ないんじゃないかな?」
「イリヤ?」
「助けたいって言うけど、シロウは全部、って言う。でもシロウが救いたい、って思う人はきっと全部じゃない。許せない人だって出てくるかもしれないし、憎む人も出るかもしれない。正義の味方は悪役をやっつけるんだから」
「…そう、だな」
「それが誰かなんて、どんな人なんかなんて、シロウにはまだわからないなら、それで良いんじゃないかな。まだ、きっと士郎には早いんだよ。カナデも言わなかった?」
「…似たような事は、言ってた」
「シロウは焦りすぎだよ。…だから、安心してシロウ。シロウが答えが出すその時まで、私とカナデが護ってあげる」


 イリヤは士郎の手を取って告げる。優しげな笑みを浮かべているイリヤの表情に士郎は思わず眼を奪われる。その姿はあまりにも幼いのに、何故だろうか、安心させるように微笑むその姿は、まるで姉のようで。


「だから、シロウ。簡単にカナデやキリツグみたいな道は選ばないで。選ぶとしても、それに足る理由を見つけて。…絶対シロウが幸せになれるように。その為になら、私はいくらでも力を貸すよ」


 だって、と彼女は笑って。


「私は、シロウのお姉さんだからね?」


 くすっ、と笑って彼女は告げた。…あぁ、だから尚更なんだ、と士郎は吐息を吐いた。護られる側じゃなくて、護る側になりたいのだ、と。けれどただ護るだけでは駄目だ、と彼女たちは言った。
 でも、救いにいかなければ見極められない。何をすべきで、何をしなければならないのか。


「……じゃないと、いつまでも申し訳ないよな」


 胸を張って、こうだから正義の味方になるのだ、と言いたい。今はただ救いたい、という理由しかない。その理由も所詮はこぼれ落ちたものだったけれど。
 だが、今はそのこぼれ落ちた理由だけでは足りないから。この視線と手の温もりに答えられる理由を。救う為の術を。
 …そしていつか、気兼ねなくあの輪の中で自分も笑えているならば、どれだけそれが幸せな事なんだろうと、士郎は遠い理想の夢に小さく唇を綻ばせるのであった。
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