次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■朧月の契り 第2章 08
2010/11/23 Tue朧月の契り
 地獄の中を歩いていた。誰も助けられない。見捨てる事しか出来ない。ただ苦しい。ただ朽ちていく。ただ燃えて行く。何もかもが失われていく世界。何にも救えず、全てを見捨てて歩いた。
 その為に僅かに伸びた時間。ただ悔しかった。ただ悲しくて、ただ虚しくて、ただ恐ろしくて。そして、体よりもまず先に心が死んだ。こんな痛みに耐えられない、と心は死んでしまった。
 救いたかったのか、それとも救われたかったのか。ただ、無念を空に吐き出そうとして、その笑顔を見た。本当に嬉しそうに、本当に安心した、というように笑う彼の笑顔を。今も尚、忘れる事の出来ない…。





 * * *





 まだ日の昇らない深夜。士郎は眠れずにいた。意識ははっきりとしている。夜の冬の寒さが否応無しに体を痛めつける。布団に潜って眠ろうとしても眠気は全然やってこない。
 もうこんな時間か、と小さく呟き、士郎は上半身を起こした。軽く首を回して骨を鳴らす。それから一息。体が怠い、ひたすらに気怠く重い体。いいや、そもそもその理由は昨夜の事が原因だ。
 先程、語られた事は余りにも多い。これから家に住む事になった切嗣の本当の娘、イリヤの事に、更には10年前の事件の真相。そして…これから起きるだろう魔術師達の万能機である聖杯を巡った戦争。
 考える事は多い。だが、目下として士郎にとって一番の問題は、10年前、自らの全てを奪い去った災厄と、そして災厄の原因となった戦争が再び始まろうとしている事。それは衛宮 士郎にとって許してはおけない事だ。
 正義の味方になりたい。理不尽によって奪われる幸せを見過ごせない。助けを求めるなら手を差し伸べたい。それが士郎にとっての理念。信じている理想。それは全ての人を救うと言っているようなものだ。
 そんなのは不可能に近い事など、既に士郎とてわかっている。けれど、それでも士郎はその理想を体現する為に努力し、模索してきた。だが…それを為す力もなければ、そもそも、そんな理想すらも無いと、昨日、突きつけられた。


「…正義の味方は、味方した人しか救えない…」


 認めるのが嫌で、けれど、それがそういうものだと理解してしまっているから。だから唇を強く噛んだ。わかっていた。わかっていても認められなかった。誰もが救える結末を求めて何が悪い、と。
 そう、自分は形にすると言ったのだ。全ての人を救うのだ、と。そんな果てのない夢を見て、ただ前へと突き進む覚悟を固めた。そして今も走っている最中だ。なのに、それでも、それは届かない理想だと突きつけられて。
 そうして、もう休もう、と提案されて、何も言えぬままこうして自室に戻っても眠れずにいる。


「…カナデさんは、俺の未来を知っているんだ」


 士郎の理想を否定したのはカナデだ。未来、平行世界、この今いる世界とは平行して存在している世界。この世界が歩んでいたかも知れない未来の可能性。俺の可能性を彼女は知っている。
 …彼女は衛宮士郎の後継だと言う。それが、その理想の果てを受け継いだという人が諦めを現実を口にした、というのが予想以上に堪えていたみたいだ。はぁ、と溜息を吐き出しながら部屋を出て、外の空気を吸う為に縁側へと出ようとする。そこで不意に音を聞いた。


 ――縁側にいたのは、カナデだった。


 両手に握ったのは白と黒の夫婦剣。それを構え、空を切る。何かと戦っているように攻め、防ぎ、跳び、短く吐息を吐き出して忙しなく動き回る。それはただ一人の剣舞。…いいや、剣舞というのにはそれはあまりにも、違うような、と。
 あれには剣士として鍛えた動きではないような、と。そんな感想が出てきたのか自分でもわからないが、けれど酷く納得してしまう。あれは剣士としての剣じゃない。あれは戦う者の剣舞だ。剣だけではなく、使えるものを全て使って打倒するもの。
 その剣に誇りはない。ただ成果を求めるだけの邪剣。真っ当な剣士ならば思わず眉を寄せるだろう、それに。何故か心惹かれた。欲しいものにただがむしゃらに手を伸ばすような、そんな印象。それが心にかちり、と嵌るような。


「――どうかな? 私の剣は」


 不意に、彼女が振り向いた。月を背に立つ彼女には汗一つ掻いていない。彼女は悪戯気に笑っていて、思わずどきり、とさせられてしまう。その瞬間、俺は悟った。彼女は嫌いじゃない。むしろ好意に値すべき人だ。けれど、決定的に衛宮 士郎はこの女性が苦手だ、と。
 苦手だけれども、突き放せない。そんな矛盾した感情に納得している自分に戸惑いを覚える士郎。結局どっちなんだ、と。苦手だけれど、離れては欲しくないような奇妙な感覚。そんな感覚があるからか、表情は自然と険しいものになっていたのだろう。


「そんな辛気くさい顔しないの? そんなに見苦しかった?」


 むに、といつの間にか目の前に来ていた彼女は士郎の頬を両手で掴み挙げる。痛みはない。だが、他人に頬を触られている、というのと、その手の感触に士郎は思わず後ろに後ずさった。その勢いが良すぎたのか、背後の壁に士郎はぶつかる。


「~~~~っっ!?!?」
「はは、おもしろい反応。楽しいな、これ」


 楽しくない! ちっとも楽しくないぞこのあくまめ!! と士郎は思わず思った。心臓はどきどきとうるさいぐらいに動悸を強めている。頭はくらくらとして、頬が熱くなっているのがわかる。徹底的にこの女性に頭が上がらない、と思ってしまう。
 そこに悪意がないのが尚更悪い。いや、悪意はあったとしても憎めない、というべきか。それが本当に純粋にこちらと触れあいたい、と、何故かわかってしまう。…だってそうじゃないか。あんなに楽しそうに笑っているんだ。嬉しくて嬉しくて溜まらない、という表情をされたら無碍に出来る訳ないじゃないか―――!?


「――少しは、気、晴れた?」
「…ぇ?」
「こんな時間まで起きてるって事は、さっきの事、気にしてるよね。やっぱり」


 と、笑みはどこか苦笑いに変わっていた。辛そうに笑う彼女の姿は見ていて痛々しい。それに思わず沈黙してしまう。動悸はすっかり消え去り、ただ冷たさが残る。


「…カナデさん」
「…何?」
「…貴方は、俺の理想を受け継いだ、って言いました。なら…俺の理想は…」


 形に出来たんですか、と。問う言葉はそこから先に出なかった。言葉にしたら、何かが終わってしまう気がした。知ってはいけない。けれど、知らなければ答えが見つからない。知れば何かが終わってしまうとしても、衛宮士郎は問わなければならなかった。
 その問いかけにカナデは笑みを消した。ただ真っ直ぐに士郎を見つめる。その表情があまりにも透明だったから、士郎は思わず後ずさる。彼女の顔を見ていると不安になる。それはまるで鏡で自分を見せられているような錯覚で。


「――わかってるんでしょ? 私が言うまでもない。ただ、貴方がそれに眼を向けないだけ。それを認めないだけ。その答えはもう既に貴方の中にある」
「――っ!?」


 息が詰まった。わかっているんだろう? と。それが何を意味するのか、そうだ、俺にはもうとっくの昔にわかってる。正義の味方なんて空論だ。何を救う? 正義の味方は何を救うものだ? その答えすらもまだ見つけていない。
 ただ目の前で苦しむ人がいるから助ける。誰かが困っているから手を貸す。それは確かに正義の味方なのかもしれない。けれど、違う、と。これでは正義の味方じゃなくて、ただの人助けにしか過ぎない。
 本当に救われない人達を救いたいと願った。その為の力を欲した。それが魔術で、今なお欠かさずに続けている鍛錬。けれど、結局未だ、答えを見出せずにいる。…いいや、違う。そうじゃない。


「そう、答えなんて、元からないのよ。士郎君」
「…っ!? な、んで…っ!?」
「考えている事がわかったのか? 正義の味方なんてね、ただの空論だよ。誰彼も救う? じゃあ、何故救うべき誰かを求める? それは救われない誰かを望む事だよ? ならば救われない誰かって何? 例えばお金が無い人? 例えば理不尽に何かを奪われた人? 例えば幸せを感じられない人? 何を救われないと定義し、何を救うと志す? それは決められない。何故ならば正義の味方とは全てを救う者だから。だけど救うには何かの味方をしなくちゃいけない。けれどそれでは理想と異なる。違う?」


 違わない、と。心が悲鳴をあげる。思わず耳を塞ぎたくなる。救うには何を何から救うのかを定義しなければならない。けれど、それは、じゃあ、決めてしまえば何かを救わないという事で。
 選ばなければならないけれど、選んでしまえば誰かは救えない。報われない。なら、それは全てを救うといった理想を裏切る事に―――。


「――士郎君、何を救いたいの?」


 何を、と。その答えが―――無い。ただ、あの理不尽なまでの悲劇が嫌で、その為に報いる為に足を止める訳にはいかない。だから、だから―――。


「…ぁ…」


 やめろ、やめろ。やめろやめろやめろやめてくれ。これ以上は無理だ。聞いてはいけない。聞くな、耳を塞げ、これ以上は壊される。衛宮士郎が壊される。怖い怖い恐い恐いコワイコワイコワイコワイコワイ何故恐いわからないわからないわからないそれは本当にわからないのか。
 違う違う違う違う違う気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い思考がスパークして何も考えられなくなって背についた壁が異様に冷たくて足場が崩れていくような錯覚だから逃げなきゃいけない逃げなきゃ行けない。


「―――ぁ」


 混濁する意識の中、訳もわからない恐怖に怯えながらも、けれど、どうして。彼女を憎いとも思えなかったのだろう。彼女は衛宮士郎に取って毒でしかない。わかってしまった。この心地よさは毒だ。この心地よさを受け入れたとき―――衛宮士郎は壊される。
 わかるのだ。同じだからこそ。見えぬからこそ。いいや、もう、わかってしまっている結末の向こう側に彼女がいると直感的に悟ってしまった。だけど駄目だそれを受け入れては壊れてしまうだからそれ以上俺に近づくな触れないで心を暴かないで―――。
 

「――だって、そうじゃないと、許されない気がしたから」


 ―――ぴしっ、と。亀裂の入る音がした。


「救われてしまった。全部見捨てて、自分だけが生き残って、それを悔しいと思った。何も救う事が出来なかった自分が、誰よりも許せなかった。そして許されないと思った。だってあんなにも苦しそうだった。あんなにも必死だった。あんなにも切実だった。あんにも藻掻き、苦しんで、求めて、そんな思いを踏みにじった自分が許されるなんて思えない」
「―――」
「ただ死ぬのは駄目だ。死ぬなら意味を、自分だけが助かってしまった意味を。何もわからぬまま、見捨てたまま死ぬのだけは駄目だ。そんなの辛く、苦しいから。だから意味を求めた。それが士郎君にとっては切嗣だった。貴方を救った彼が本当に幸せそうだったから憧れた。そうなれば、きっと自分だって、そう思えた」
「――っ、ぁ」
「幸せになりたい訳じゃない。そもそも、幸せになっちゃいけない。多くのモノを見捨ててきたから。だから償う。償う事だけが生き残った意味だ。見捨てて生き残らせて貰ったからにには、それを超える何かじゃないと支払えない。だから夢を見た。その理想が自分に残された全てで、それを信じていればいつか自分だって思えたから」
「――ゃ、め」


 涙が零れる。呼吸が乱れて、目の前が見えなくなる。やめろ、これ以上は駄目だ、これ以上暴くな、これ以上は耐えられない―――ッ!!


「――まぁ、それで、良いじゃないかな?」
「…ぇ…」


 はぁ、と溜息を吐き出すその仕草は心底呆れたような仕草で。彼女は困ったかのように笑みを浮かべて。


「だって、それが、士郎君の感じた幸せなんでしょ? だったら仕様がない。どうせ言ったって、どうせ貴方の選ぶ道は決まってる。償いは誰の為でもない。結局は自分の為。だって死者は君に償いを求めない。だって、死んでるもの。だからこれは自分が許されたい為だけの自己満足。だってそうしないと…責められてる気がするもの。なんか間違ってると思う?」
「―――、…」
「思わないよね。だって、それが感じた事の全てだ。誰が何を言おうとも、変えられないんだ。だって苦しいんだもの。そしてそれが苦しみから逃れる術なら、ただそれだけの為に生きて何が悪い? 結局は身勝手なんだよ。勝手に他人の為に、なんて言って苦しみから逃れたいから誰かを救う。救われた人がどう思おうかなんて関係ない。ただ、自分が良ければ良い。人にとっては迷惑でも、だって、そうしないと息を吸ってるのですら苦しい」


 ぽん、と。カナデの手が士郎の頭におかれた。カナデの身長は士郎の背はあまり変わらない。カナデが少し低いぐらいだ。だから、その手は容易に士郎の頭の上に置かれて。


「それがどれだけ間違ってても、それがどれだけ夢物語でも、それがどれだけ醜悪でも、それがどれだけ偽善でも、それを信じた心だけは絶対に間違いじゃない。それは人として正しい。救われたい、という願いそのものは何も間違っちゃいない。だから――否定しないで、士郎君。誰かのために、なんて偽善だっていうのは確かに本当の事。けれどそれを貫くのも良い。だけど、それは自分の為だ、って言える人間だけが言うべきだ」
「……!」
「…士郎君、私は――何があっても君を許すよ。私は君を信じた。これからもずっと、何があってもだ。その理想を美しいと思って、どれだけ無意味でもそこに意味を見いだす事が出来るなら。もしも、それを裏切るなら、絶対にそれ以上の幸せを掴まないと。そうじゃないと私は君を許さない。どこまでも追いかけて君を幸せにしてみせる。…ただ、その為にこの身は英霊にまで至ったんだから」


 そう、ただ、その身はそれだけの意味の為に。たった一つ、彼の幸せを護り、願い、祈る為にこの身は英霊へと至ったのだと。


「英霊に時の概念は無い。どこにいても、どんな時でも、私が存在出来るならば私はただ君の幸せの為に戦う。そう決めた。貴方に救われたその時からずっと、それだけを誓いにして戦ってきた。狂っていると言われても、誰に疎まれても、絶対に譲る事なんて出来ない。貴方を信じ、貴方を愛し、貴方を思い、貴方を継いだ。それが私の幸せだから」


 それは飽くなき執着だ。末恐ろしくなるほどの執着。ある種、狂信と言っても良い程までにカナデは衛宮士郎を信じている。愛している。思っている。正しい、と。何も間違ってはいない、と。
 もしもそれを曲げるならば、それ以上に幸せにならないと許さない。そうじゃないと嘘なんだから、と。


「この思いだけは、例え世界にだって修正させやしない。世界が決めたものだとしても、それを幸せだと感じたのは私で、これから、例え、何があろうとも私はただ貴方の為だけにある。それが、この身がここにある理由だから」
「カナデ、さん…」
「だから貴方が私の知るあの貴方になっても、また別の貴方になっても、それでもそれを祝福するわ」


 くすっ、と笑って。一歩、ステップを踏むようにしてカナデは士郎から離れた。ふわり、と一回転するように月夜の元、庭でくるり、くるりと踊るようにカナデは士郎から離れて。


「覚悟しなさい。貴方は、絶対に一人なんかじゃない。どんなに地獄でも傍に行こう。貴方が泣いたって喚いたって知るもんか。だって、もう、止められないんだもの、この思いだけは。私が傷ついて泣いてくれるなら私はいくらだって傷ついて見せるよ。そうして私を救いたいと思ってくれるなら私はいくらだって危険に身を投げ出そう。絶対に、貴方を無意味になんてさせなんだから」


 びっ、と指を突きつけて満面の笑みで物騒な事を口にした。思わず、士郎は空を仰いだ。最悪だ、と思った。あぁ、なんて事だ、と。何を救うべきか定まらない。けれど、ならばその定まらないものに彼女はなるのだ、とわかってしまった。
 だから、どうしようもなく涙がこみ上げてくるのに。頬が緩むのだけは止まない。心は痛いのに心地よい。あぁ、自分でもわからない程に、ただ、ただ泣きたかった。ただ、笑いたかった。


「――アンタ、馬鹿だな」
「――お互い様よ、馬鹿」


 はは、と漏れた笑いはどちらのものか。ただ、ただ小さく笑い声がする。それはもしかしたら狂っている証なのかもしれない。もう、わからない。いいや、どうでも良いと言うべきだろうか。
 何をすれば良いのかなんてわからなかった。けれど、もうわからないままで良い。きっと、何も考えなくたって自分のやるべき事は変わらない。無意味でも、信じて、それを信じて続けていくだけなんだと、あぁ、ようやくわかった。
 だから笑った。どうせ難しく考えたって、理屈じゃないんだ。そう、救いたいって思いは嘘でも何でもないのだから。ただそれだけが、今は、衛宮士郎の戦う理由なのだから。
 足を止めれば考えてしまう。考えなければわからない事だってある。けれど、考える余裕もないならただ走れば良い。走って、走って、それが愚かだって、理解されなくたって、別に構わない。
 ただ、それを信じたのだから。信じ続ける事が出来るなら。―――それが、たった一つの答えで良いのだ、と。ただがむしゃらに、正義の味方になりたいって、走り続ける。それが衛宮士郎の答えだから。


「……なぁ、カナデさん。カナデさんの知ってるの俺って…どんな奴だった」
「…そうだね。…いっつも自分を責めてたかな。自分が何も救えなかったって言ってた。自分は間違いだらけで、ただ強迫概念に脅されて人を救おうとして、でも結局は9を救う為に1を切り捨てるようになったって。だから自分なんて、って言ってたよ。でもね、お人好しなんだよ、結局。誰かを救いたい、って、やっぱりどこかで思ってるんだよ。自分のやってる事が不毛でもね、それでも、救われた人は確かにいたのにね」
「…俺も、誰かを救えるかな?」
「さぁ? その救いが幸せに繋がるかどうかなんて誰にもわからない。むしろ死なせた方が幸せな人がいるかもしれないし、そして幸せになる人がいるかもしれない。…全てなんて、そう考えるとやっぱり無理なんだよ。…だから、後悔するまで貴方は走った方が良い。じゃないと結局わかんないでしょ。なぁに、大丈夫よ。その時は地獄の底まで付いていってあげるから」
「…それって凄い脅しだ…」


 衛宮士郎が幸せにならなければ、彼女もまた幸せになれない。何故ならば衛宮士郎の幸せこそ彼女の幸せで、その為にならば彼女はどんな地獄にだって本当に身投げしてしまうだろう。それがわかってしまうからこそ、士郎は溜息を吐いた。
 ずっと忘れていた。恐いなんて感情はどこかに捨てていた。恐いものがあるとするとすればそれは自分が正義の味方になれない事だけだった。だけど、その意味を本当の意味で理解してしまった。
 理由が欲しかったのだ。自分が生きていて良い理由が。あの大火災の中で全てを失って、ただ残ったのは切嗣の理想だけで。だからそれだけを信じて生きてきた。それがどんなに破綻してても、それが無ければ衛宮士郎は息をするのすら難しい。
 そうだ。あの理想を信じたのはそれしかないからだ。けれど、その理想は間違いじゃない、と思う。今は、そう思う。未来はどうなのかわからない。けれど、今はそれだけなら、それを信じて走るしかない。足を止める事は衛宮士郎には出来ないから。
 だけど、彼女がいるなら。もっとより良い答えが得られるかもしれない。切嗣の理想は大事だ。けれど、それを大事だと思った理由を初めて理解出来た気がする。


「…どんな結末でも、俺、変わらないでいられるかな?」
「無理だね。変わらない人間なんていないよ。士郎君はこれから変わっていく。でも、変わっていっても変わらないって断言出来るのは、きっと君は誰かの味方で、誰かを助けようとしているって事だけ」
「…そうかな?」
「それだけは、断言出来るよ。それが他人の為でも、もしかしたら自分自身の為になっても、きっと貴方は誰かが助けたくて仕様がないお馬鹿さんなんだから」


 くすくす、とカナデは笑う。それに士郎は唇を尖らせて罰悪そうに後頭部を掻いた。


「…まぁ、お節介はここまで、と。士郎君、悪いけど方針は変えないからね? 貴方は関わるべきじゃない。…それでももしも関わりたいと思うなら一つだけ条件」
「…それは?」
「イリヤの味方になる事。イリヤを泣かせない事。私はイリヤに約束したの。イリヤの味方になるって。私はそれを裏切るつもりはない。けど、私にだって願いがある。それを士郎君が叶えてくれるなら、私だって士郎君の願いを叶えるよ」
「…何言ってるんだよ、それって全部カナデさんの思い通りじゃないか」
「そうだよ? 言ったでしょ? 私は欲張りだってね。――私だって、全部護りたいんだから」


 華の咲くような笑顔と共に、カナデは士郎へと告げるのであった。それに士郎は思う。叶わないな、と。きっと何を言っても自分は彼女に勝てない。そもそも勝ち負けじゃない。自分の為に何を犠牲にしても良いという彼女に頭が上がらない。
 それは嬉しくもあり、悲しくもあり、腹立たしくもあり、憎くもあり、だけども、こんなにも心が安らぐのは何故なのだろうか、と答えの出ない問いに士郎はなにげも無しに空を見上げた。そこにはただ、月がぼんやりと浮かぶだけであった。




 
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誤字報告
>「…正義の味方は、味方しか人しか救えない…」
味方した人

> 使えるものを全て使って妥当するもの。
打倒するもの

> ただ脅迫概念に脅されて
強迫観念
2010/11/23 Tue URL通りすがり#pwutJTUc [ 編集 ]

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