次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■朧月の契り 第2章 03
2010/11/06 Sat朧月の契り
 ――かの身が向かう場所にはいつだって悲鳴、血、憎悪、そんな負の感情というべきものが集まっていた。人々は嘆き、悲しみ、憎み、天を見上げては救いを求め、災厄の元凶たる者を憎みながら果てていく。
 そんな者たちを一人でも多く救おうと駆け抜けた。その手には錬鉄された剣、その身は身に余る神秘によって崩壊していく。肌は崩壊の証として色を失い、髪は神秘の代償としてその色を抜かれていく。まるで生気が失われていくようにその身は白く、白く、儚く。
 その白さが赤を彩る。白の身に纏う赤は鮮烈で、救われた者たちは嫌でもその赤を記憶に残した。それを、理解できなかった。白の乙女は笑う。無事で良かった、と。ただそれだけで嬉しそうに笑ったのだ。
 そして助けられない者がいるならば、声を押し殺して泣いていた。そんな、どうでも良い、顔も知らぬ誰かの為に、駆け抜け、全力を尽くしきって摩耗していく彼女の姿はまさしく英雄。だが、その理由が、理解し得ない。
 故に、その身を理解する事はない。だから、誰も彼女を称えない。不気味だと称した。その身も白く、人在らざるものとしてその白の乙女はその身を血に染めるかの如く、その負の感情すらも全て吸い取っていった。
 それでも、誰かが笑うなら、と彼女は己の不幸すら笑って見せた。報酬は常に裏切り。自身に返る者など無い。だが、それを積み重ねて、幾多にも積み重ねて、いずれ見える破綻にすらも。


 ――あぁ、救えて良かった。


 ただ、彼女は笑って乗り越えて見せた。犠牲は確かに多かった。それに涙した。けれど、命があるなら、いつか絶対、と信じ続けて駆け抜けた。望まぬ死を超えられるなら、きっと誰かが幸せになってくれると。
 それが、自身に返る報酬なのだとして、彼女は走り続ける。それがどれだけ茨の道であろうとも、どれだけ報われぬ、地獄へと堕ちる一本道なのだとしても。一切、振り返ることもなく、足を止めることもなく、ただ信じたものだけを胸に抱えて―――。





 * * *





 ―――だから、それは必然だった。その惨劇は、もしも彼女を知る者ならば当然のことだった。
 血の海がある。そこには一人の男が横たわっている。その血の海を生み出した者の手には無骨な片手剣が一本。その血の海を見つめるのはイリヤスフィールだ。


「…バーサーカー…」


 彼女の唇がその名を紡いだ。その血の海の中心、血の海の発端、その赤き衣をもっと赤き鮮血に染めた女がいた。イリヤの脳裏にデジャブが走る。それは一度見た光景。どんなに傷つこうとも、ただ誰かを救う事を止めなかった姿。
 どれだけ汚れようとも、どれだけ罵られようとも、どれだけ理解されずとも、ただ己の胸の中に灯る希望だけを信じて走り続けた。その先にこそ、自身の望んだものがあると彼女は走り続けた。
 そんな彼女が―――許せる筈も無かった。


「ぐ…は…っ…な、なぜ…」


 声がする。かすれた力の無い声。その声の主は老人。アハトと呼ばれたアインツベルンの当主はその身を血に染めていた。そして繰り返す言葉は疑問の言葉。何故、何故、何故、と。
 その血の海に沈み、ただ藻掻く老人を冷たく見下ろすのは鮮血に染まった異端なる狂戦士。彼女の瞳には侮蔑と憎悪。ぱしゃん、と血の海を踏み分け、老人を見下ろす。
 この惨劇が始まったのは、ほんの数時間前に遡る…―――。





 * * *





 サーヴァントは英雄が祭り上げられ、霊長の守護者として位階をあげられた存在だ。そんなものを呼び出し、使い魔にするという事がどれだけの労力と魔力を消費するのかは、その在り方から想像するだに容易い。
 本来ならば聖杯のバックアップを借りて存在しうる彼女の存在を維持するのは少女自身の魔力と令呪。本来、召還を想定されていた者を考えれば、その負担は実に軽いものであった。
 ――だが、妄執に狂った一族の為す事は変わらない。ただ、勝利を。その為の力を。その為の細工を。だから、その為に生み出した「道具」に強化を施すのは当然のことだった。


「バーサーカー、出かけるわよ」
「…出かける? どこに?」


 バーサーカーが召還されて早数日。彼女は基本、イリヤの傍に控えている。彼女が狂戦士らしかぬ、という事をイリヤが頑なに隠そうとしたのが理由。バーサーカーが理性を得ている事を知っているのはマスターであるイリヤと、そのお付きたるセラとリズという名のメイドだけだ。
 それ以外はバーサーカーは黙して語らず、ただイリヤの言葉にだけ従うようにしている。そんなのは絶えられない、と彼女はイリヤの傍にいる。イリヤとなら話せる上に、マスターとの親睦は大切だ、と。その大半がイリヤの神経を逆なでするものだからイリヤにとっては堪ったものではないが。
 そんなイリヤからの唐突なお誘い。しかしそれは疑問を呼び起こすにはあまりにも容易い。このアインツベルンの城の外には雪と森しか存在しないのではないか、と言うぐらいに何もない。出かけるにしても、一体何を目的に出かけるのやら。


「…とにかく、御爺様の言いつけなの。出かけるわよ」
「…なんか納得いかないけど、まぁ、マスターがそう言うなら」


 不承不承、と言わんばかりにバーサーカーは頷く。それにイリヤが、じゃあ行くわよ、と促し、彼女たちは部屋を後にする。部屋を出れば、そこにはセラとリズとは違う、けれど同じ衣装を纏ったメイドが控えていた。
 彼女たちは無言でイリヤを促す。イリヤはそれにただ付いていく。それをバーサーカーは無言で着いていく。城の外へと出る扉の前へと彼女たちは進む。そうして入り口に辿り着き、門が開かれた。
 そこは雪景色。雪に覆われた世界は冷気によって冷え切っている。冷たい、温もりなど無い極寒の世界。イリヤ達はただ、そこを進んでいく。さく、さくと雪を踏みしめ、後を残していく。
 そうして、一体どれだけ歩いただろうか。イリヤはその身を寒さに震わせていた。どれだけ厚着をしていてもこれは寒い。歯がゆい、と言わんばかりにバーサーカーはその内心で歯噛みする。一体何のつもりか、メイド達はイリヤに上着を出そうともしない。
 まるでイリヤの身などどうでも良い、と言わんばかりに。出かけるその瞬間から感じていた違和感。そして嫌な予感。寒さが原因ではない悪寒は―――見事に、的中した。


「――…ぁ…」


 イリヤが足を止める。彼女はただ歩くだけだった。ただ言いつけで出かけろ、と言われたに過ぎない彼女には目的がわからない。けれど逆らう訳にはいかない。彼女の目的はただ一つ。それを叶える為にはただ言うことを聞くしかない、と。
 だから、歩いて、歩いて、歩いた先に―――驚異がいた。それは飢えた獣、爛々と敵意を滲ませた瞳は捕食者のもの。狼と呼ばれる獣がそこにいた。


「ぇ…ぁ…?」


 そして、その前に放り投げられた。腕を捕まれた、と思った瞬間に放られる。え? と思う時間はあまりにも短い。放られた先、その動きに反応して狼が駆けだした。それがスローモーションに見えた。
 食べられる、と思考したその瞬間―――。





「―――イリヤッ!!」





 ―――何よりも早く旋風が駆け抜けた。打ち出されたナイフはイリヤに襲いかからんとした獣の喉笛を貫く。それは投擲用のスローイングナイフ。それは鮮やかなまでに狼の急所を捉えた。
 しかし、うなり声が聞こえた。一匹ではない。狼は群れとなって行動している。故にそこにはまだ無数の狼がいる。驚異は去っていない。何故、こんな事になっているのか、とイリヤは自分を放ったメイドを見ようとして―――見た。彼女たちの姿はとうに無かったのだ。


「……ぁ」


 そして理解した。捨てられたのだ、と。そして狼の群れに放置されたとなれば、これは自分を狼に食わせる事を目的としているとしか思えない。しかし、ならば何故そこでバーサーカーの同伴を許したのか。
 わからない、理由がわからない。だから、イリヤは動けない。そんなイリヤを格好の獲物として捉えたのか、飢えた狼たちは一斉にイリヤへと殺到しようとして――その身を抱かれた。


「ぇ? ぁっ」
「イリヤ、捕まってて」


 囁かれる声は、ただ淡々としていた。感情が見えない声はバーサーカーのもの。その声はいつぞや聞いた透明の音色。バーサーカーの感情が見えない。徹底的に自我を殺した彼女はただ、その身の役割を果たす。
 彼女が駆ける。その後ろには狼たちが迫る。バーサーカーの駆け抜ける速度も速いが、それでも狼達も負けてはいない。一度獲物として認識された以上、振り切るのは難しい。


「…イリヤ、ごめん。少し耐えて」


 だから―――。


「――呼出(コール)読込(ダウンロード)完了(コンプリート)


 その身に宿す神秘を彼女は解き放つ。呟きは自らを変革させる呪文に他ならない。世界に対しての宣誓。自らを作り替える。狂戦士はその身を魔術師のものへと変じさせる。
 だがその行いは主たる少女の魔力を吸い上げる。サーヴァントは本来この世には存在しない英霊。世界の抑止力として使われる彼らを使い魔として維持するのには多大な魔力を消費する。その消費を聖杯というバックアップを得て可能としたのが聖杯戦争のシステム。
 が、今のイリヤはその恩恵を受けていない。何故ならば聖杯戦争が始まるのはまだ先の話。故に、彼女がその神秘を晒すという事は、その為の代償は―――。


「あ、ぐっ―――!!」


 少女の苦痛へと変わる。魔術回路とは生命力を魔力に変換する為の疑似神経。その神経を無茶な使い方をすれば、痛むのは当然。少女の身には苦痛が走る。それが奇跡を為し得た代償の苦痛。


投影・完了(マテリアル・アウト)


 底冷えするような声で彼女は神秘の顕現を告げた。手に握られたのは一本の片手剣。ただ頑強である事を求められただけの剣。それを振り向き様に一線。飛びかかってきた狼の首を飛ばす。
 血が舞い、バーサーカーの頬を濡らす。その片腕にイリヤを抱いたまま、バーサーカーは強く剣を握り直した。


「――ハァァアアアアアアッ!!!!」


 裂帛の咆吼。鋭いその叫びと共に一歩踏み出す。それは奇跡の再現。英霊とされた者の辿り着いた領域。迫る獣など所詮、有象無象。そうだと言わんばかりに振るわれる長剣は悉く狼を屠っていく。
 その手にイリヤを抱えているのにも関わらず、その動きに淀みはない。むしろ手慣れているようにさえ思える。まるで、以前もこうして誰かを抱えながら戦場を駆け抜けていたと言っても自然な程、その動きは鮮やかに狼たちを駆逐した。
 時間にして数分。どれだけ死角から襲いかかろうと、彼女の剣の領域に踏み込む事は狼たちには終ぞと叶わなかった。残されたのは狼たちの無惨な死骸。周囲に気配が失せた事を確認し、バーサーカーはイリヤを解放した。


「…ぁ」


 ぺたん、とイリヤは雪の上に力なく座ってしまった。現実が追いつかない。何がどうなってこうなってしまったのか。ただわかるのは、自分は命の危険に脅かされただけ。
 そんな戸惑うイリヤの思考を停止させたのは――木を陥没させる程までに力を込めたバーサーカーの拳を叩き付ける音。
 みしっ、と木がその力を受けて揺れる。拳を叩き付けられた木の肌は抉られたようにその表面を奪われ、凹んでいた。その要因たるバーサーカーの表情は―――憤怒。


「…そういう事か。あぁ、何。慣れろ、って事でしょ? これからイリヤは戦いに行く。その度に痛みなどに恐怖し、戸惑う事などあってはならない。どのような苦痛であれ、受け入れろと、どれだけ身を削られようとも戦い続けろと―――!!」


 本気で怒っていた。彼女は本気で、イリヤに苦痛を強いた者への怒りを募らせていた。そしてそれを強いる事でしか力を振るえぬ事に悔いていた。ただ、言いしれぬ感情を抑えつける為に彼女は身を縮ませていた。その力を溜め込み、押さえつけるかのように。
 それに、イリヤは何を言えば良かったのか。何を思えば良かったのか、よく、わからない。ただ思考は止まっている。何を思い、何を考えれば良いのかわからない。ただ、混乱していた。死にかけた、というのはわかる。そして彼女が言うことに納得を覚えている自分がいる。
 ――あぁ、なら、簡単じゃないか。


「…そう、そういう事なら仕様がないでしょ」


 そうだ。戦いに赴く為に必要なら、受け入れよう。望みがあるのだ。切嗣、自身を捨てた男への復讐を果たす為にそれが必要ならば受け入れよう。受け入れなければ、叶わないのなら。
 だから、そんな言葉が出た。そうして見た。―――バーサーカーが、本気で怒った顔をしてこちらを見たのを。そして伸びた手はイリヤの両肩を掴む。余りの剣幕にイリヤは怯むように体を震わせた。


「…仕様がない? どうしてそんな言葉が出るの? 悔しくないの? 嫌だと思わないの? 傷つけられる事が仕様がないって!?」
「…な、なによ。だって間違ってないでしょ? 戦いに行くんだもの。そうよ、この程度で怯んじゃ駄目なのよ! だったらこれは当然の訓練でしょ!?」


 その言葉に、バーサーカーは目を見開かせた。そうして、その表情をゆっくりと消していった。透明だ、とイリヤが感じた表情へと彼女は変わっていく。その顔を、イリヤは直視する事が出来なかった。


「…本当に?」
「…な、何よ…」
「本当に、そんな事、思ってる? これが自分に必要な事だって? どうしようも無い事だって? 与えられて当たり前だ、と、貴方は、本当に心の底から思ってるの?」


 その表情があまりにも透明だから、言葉に詰まった。それが本当ならば胸を張る事が出来た。だけど…出来なかった。そうだ、彼女の心は余りにも透明だから、それはまるで鏡のように自身の言葉が自分に返ってくる。
 だから―――体が震えた。あ、と意味の無い言葉と共に涙がこぼれ落ちた。それが切欠で体が震え始める。


「…ぅ…ぁ…」


 怖かった。痛かった。苦しかった。辛かった。痛い。痛い。痛い。あぁ、痛かった。こんなのは嫌だ、と心が叫ぶ。こんなの受け入れたくない、と心が叫ぶ。こんなのを続けられたら狂ってしまいたくなる。
 だからこんなのは、こんな事を繰り返すのは―――!!


「…い、や…だよ…っ」
「……」
「こんなの…やだよぉ…!!」


 どうして、こんなに痛い事ばかり続けなければならないのか。どうして、こんな苦しい事ばかり強いられなければならないのか。こんなのは嫌だ。そうだ、だって自分が欲しかったのは、こんな辛く、苦しいものじゃなくて―――!!
 そう、それは、今、自分を抱きしめてくれるような温もりで…。…抱きしめ、て?


「…ぁ…」
「…ここに、再度告げよう」


 イリヤの身を包むように抱きしめながらバーサーカーは告げる。もう離さない、と言わんばかりにその身を強く抱き、周囲の寒さから護るように彼女を包む。そうしながら耳元で囁く彼女の声は、強かで、優しくて、暖かで――。


「我が身、そして我が名、エミヤ カナデの名において、イリヤスフィール、君の御身を護る事を我が神秘の全てをかけて保証する。その身と心に安寧を。その為に我が血肉を剣とし、君を傷つける全てを退けよう。この身、不敗にして不退。ならば――君を絶対に守り抜く」


 ――だから、と。彼女は告げる。


「…望んで。貴方の幸せを。貴方の願いを。それを、叶えたい。それが私の願いだから。約束する、私は絶対に貴方を裏切らない。だから――君の身を私に守らせて欲しい」


 護ると。傍にいると。この暖かみを与えてくれると。彼女は絶対揺るがないと、その鋼の意志に誓った。だから教えて欲しい、と彼女は言った。
 まだ出会って数日。いつも巫山戯たような態度を取らない彼女は、イリヤにとって苛立たしくも、新鮮で、そして、今、こうして命を助けられた。抱きしめてくるその腕は温かくて、その温もりはとても優しくて。不意に涙がこみ上げてくるぐらい、懐かしい。
 誰かに抱きしめられる、という事がこんなにも暖かくて心地よい事を忘れていた。だから、だから―――!!


「…本当に、私を裏切らない?」
「…裏切らないよ」
「…本当に、私の言うことを聞いてくれる?」
「うん。イリヤが望む事を叶えたいって思うから」
「…じゃあ―――」


 望んで、良いよね? と。


「――ずっと、傍にいて。私を裏切らないで。ずっと…一緒にいて?」
「――わかった。君と居よう。君のために戦おう。君のために私の全てを使おう。だから、イリヤ」


 ――終わらせに行こう。





 * * *





 そして暴風が吹き荒れた。突如として帰還した道具が牙を剥いた。その牙は英霊として謡われた狂戦士。目指すは一直線に事の原因である老人、アハト翁。彼は明らかな狼狽を見せた。
 最初は静かな様子だったイリヤとバーサーカーだったが、彼の姿を確認した瞬間に封じてきた全てを解放した。イリヤは敵意を、そしてバーサーカーはそれを超える殺意を。誰もが予想外。そして―――牙は放たれた。


「イリヤ、お主―――!!」


 まさか、と思っていたのだろう。まさかイリヤが裏切るだなんて彼の思考には無かった。道具が逆らうなどと思ってはいなかった。彼女には自分が教えてきた事が全てだ。だから逆らう筈がないと。
 いや、そうだとしても、そうなる前に。何の仕掛けが施されようとも既に時遅く。狂戦士はその身の最速を以てして老人へと肉薄する。


「――死ね」


 ただ静かに、余分なものなど含ませずに狂戦士が溜まりに溜まった怒りを解きはなった。―――そして光景は冒頭のものへと戻る。
 予想外の裏切りにアハト翁は何の対処も施す事も出来ずに致命傷を受けた。血の海は最早、彼の身に戻る事はない。ただ藻掻くように血の海から逃れようと手を伸ばす。
 手を伸ばした先にはイリヤがいる。信じられぬ、と言わんばかりに彼は驚愕と憎悪をその瞳に込めて、イリヤへと伸ばし。


「イリヤ、なぜ…―――」


 その手を、踏みにじった。血の海へと沈めるようにバーサーカーがその手を踏みにじる。そして掲げた剣を逆手に持ち。


「――己の業に沈め、そして、死ね。貴様が我が主の名を呼ぶ事すら厭わしい、その口をさっさと閉じろ」


 その心臓を躊躇無く、潰す。肉の潰れる音が、命を終わらせる音が小さく響いた。


「…が…ぎさ…ま…! イリ、ヤ、おぬ、し…なぜ、うらぎ…」


 だが、それでもアハト翁は死ななかった。ただ、血走った目でイリヤを睨み付け、イリヤへと近づこうと藻掻く。それをイリヤはただ静かに見つめていた。


「…く、が、…やは、り、あの裏切り、の、血を引くものな、ど…」
「…ご自分が招いたんではないですか。じゃあ、これも貴方が招き寄せた結果――」
「黙れっ!! 黙れ、人形、風情が!! 我らの崇高な願いも理解、しない、愚図が!! 欠陥品が!! 貴様の母も、貴様の父も、お前も、皆欠陥品だっ!!」
「―――っ」
「何故、どこで、狂った? 我が理想、我が願い、我らの到達すべき、奇跡は―――」
「――おい」


 それは、冷え切った声だった。冷たい血を通わせぬ冷徹な刃は。


「私は、口を閉じろと言ったんだ。糞爺」
「―――」


 再び、抉るように心臓を潰す。そして断末魔はなく、ただ時を止めたように千年の妄執を追い続けた老人はあっさりと死んだ。裏切りなど予想だにしない。召還した英霊を狂戦士と高くくり追求しなかった故のミス。
 そう、かの身が許すはずがないのだ。救う為に自身すらも差し出し、その最後まで誰かの為に、と走り続けた彼女が、苦痛に苦しむ少女を救いたいと願わない筈がないのだから。


「……お祖父様」


 イリヤは、死した祖父を見つめる。最早動かない屍に対して何の感慨も浮かばない。ただ死んだ。自分の枷であったものが無くなった。ただ、それだけの事。だから悲しみも、嬉しさもない。あぁ、死んでしまった、という事だけ。
 何の動かない。感情が動かない。ここが自分の全てだった。だけど、もうその枷はない。自分は自由に飛び出す為の翼を得た。だから飛び立とう。ここから。全てがもう、どうでも良い。ここには価値がないから。


「…お、お嬢様…なんて事を…!!」


 そして狼狽の声が聞こえた。狼狽の声の先はセラの声だった。彼女は目前の行いが信じられないのか、ただ目を見開かせて今の光景を見ている。それにイリヤは振り向いた。そこには驚く程に、何の感情もない。


「…何? セラ。私がお祖父様を殺したのがそんなに不思議? だって当然じゃない。私を殺そうとしたんだもの? ねぇ? バーサーカー」
「因果応報、って言葉が東洋にはあってね? 自分のした事にはそれ相応の事が返る、って意味でね、まぁ、当然の流れでしょ?」
「バ、バーサーカー! 貴方がお嬢様を…!!」
「誑かした、なんて言わないでね? セラ。…私のサーヴァントにケチつけるなら…」


 それは許さない、とイリヤは言外に告げていた。それにセラはただ息を呑む事しか出来ない。そうしてセラとイリヤが視線を交わし合う事、数秒。


「…イリヤ、荷物を纏めた方が良い?」


 そんな、脳天気とも言える声が響いた。声の主はもう一人のイリヤ付きのメイド、リズの声だった。そんなリズの声にセラは何を言っているのか、と言わんばかりにリズの顔を見て固まり、イリヤはそんなリズに呆気取られた。
 代わりに答えを返したのはバーサーカーだった。軽く笑い声をあげたかと思えば、そのまま腹を押さえて。


「そうだねぇ、当主を殺害しておいてここにいるのは得策じゃない。ここにいる全員を殺し尽くすならまだしも、そんな労力を割くぐらいなら逃げた方が良い」
「…リズ…」
「私の主人は、イリヤだから。アハト翁じゃない」


 驚いたようにリズを見つめるイリヤに、リズはいつもの表情のままそう告げた。だがそれに黙ってられないのがもう一人の片割れであるセラだ。


「リズ、貴方!?」
「セラ、貴方、どっちの味方?」
「どっちの、って…!」
「私はイリヤの味方。イリヤが望むならそうするだけ。イリヤ、出て行くんでしょ?」
「…うん、ここにはいられないから。…リズとセラはどうする?」
「…イリヤはどうして欲しい?」
「……そうだね、付いてきてくれる? 私、もうアインツベルンの名を捨てるつもりだけど」
「お、お嬢様っ!!」
「セラ、私はもうお嬢様じゃないよ。だから呼ぶならイリヤって呼んで。で? どうするの? セラは。このままアインツベルンに残るの?」
「な、なっ?」


 セラは混乱のあまり、言葉すら出ない。だが、その状況を打ち破ったのはバーサーカーだ。彼女はやれやれ、とため息を吐き出して。


「…イリヤ、セラを連れていきたいんでしょ? なら連れていくから」
「なっ? ちょ、ちょっと待ちなさいバーサーカー!?」
「うっさいなー。リズ、必要なものをそろえて。出来れば金目の物。現金もあれば尚良し。とにかくこれからの生活が困らないように揃えて。私は先にイリヤとセラを連れて離脱するから」
「ん、わかった」
「わかった、じゃありません! 何を勝手に決めているのですかぁっ!?」
「うっさい!! ほら、騒ぎになる前に行くよ!!」


 そういって、イリヤを片手で抱きかかえ、セラを脇に挟むように抱え込んでバーサーカーは駆けだした。それにリズが軽く片手をあげて見送る。セラは未だに抗議の声をあげながら暴れている。が、相手は英霊。敵う訳もなく、セラは運ばれていく。
 そうして城を飛び出し、森を駆け抜ける。その流れる光景を見ながらイリヤはその口元に笑みを浮かべた。狂戦士は妖精と共に駆け抜ける。ただ自由に、誰にも縛られる事無く、その願いのままに。




 
 
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