次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■朧月の契り 間章 後編
2010/10/29 Fri朧月の契り
 ――けれど、この生涯に後悔はないと、彼女は笑ったんだ。




 
 * * *





「しっかり捕まってなさい。駄目なら退くわ。そこは貴方の努力次第だから頑張ってね」


 背中に私を乗せた彼女はそう告げた。赤い外套の背に乗り、その首に両手を回してしがみつく。彼女は駄目なら下ろす、という。それは私の願いを叶えられない。私の世界を、日常を、幸せを砕いたあの男を殺す。
 その力は腰に、彼女のくれたベルトに納めてある。それを使う機会はまだ無い。そして彼女は夜を駆けた。ホテルの、何階も上だろうそこから飛び出したのだ。自然と腕に力が籠もる。
 恐怖がある。ここから落ちたら呆気なく死ぬんだろう、と。そしてここで離してしまえば何もなせないまま死んでいくのだろう、と。
 それだけは許せない。このまま死ぬのは無意味だ。このまま何もなせないまま死ぬのだけは許せない。だから必死にしがみつく。離さないように、ここで全てを無駄にしないように。
 建物の上、街を見下ろす形で彼女は駆けた。人間の動きじゃない、と思った。屋根から屋根に飛び移って移動するなんてなんてお伽噺。彼女は普通の世界では考えられない人間だ。あぁ、正義の味方、と名乗る彼女は本当に――。


「…どうして?」
「…何が?」
「どうして、街の人がこうなる前に――」


 助けてくれなかったの? と。
 正義の味方と名乗るなら、本当に救われるべき人達を救ってくれる筈なのに。どうして、彼女はそれを名乗るならば救ってくれなかったのだろう、と。こんな救われるべきではない私を救って。


「…それに関しては、何も言えない。ただ、私が遅かっただけ」
「……」
「それを謝るのはお門違い。だから、貴方は私を恨んでも良い。結果として私は間に合わなかった。――貴方の護りたい物を護ってやれなかった。だから貴方に力を貸す。貴方の望みを叶える。私は、私の出来うる限り貴方の味方になる。貴方の為に、なんて言わない。私の意志で、私は貴方の力になる」


 それがどうしようもなく、嬉しくて、悲しかった。もっと彼女は早く来てくれたら、街の人は助かったかもしれないのに。そう思わざるを得ない。だってそうじゃないか。私を救ってくれた人は、確かに「正義の味方」なのに…。


「…嘘つきは信じない。貴方は正義の味方なんかじゃない」


 ――救ってくれなかった。私は救われない。街の人という、日常を犠牲に、父親も失い、世界を砕かれて何も残らない私に救いなどない。私だけが助かっても、そんなの救いでも何でもない。
 だから、彼女は正義の味方なんかじゃない。それだけは、認められない。認めちゃいけない。


「…そうだね、私は嘘つきだ。だから、信じなくても良い。でも――私は貴方を裏切らない。信じる、信じない、どちらにしても、これだけは変わらないから」


 だから――。


「さぁ、敵討ちを始めよう。今は貴方の剣となる。じゃあ―――行こうか」


 彼女の両手には拳銃が握られている。それを向けたのは日常だった人達。既に命無くし、その意志すらも奪われた操り人形。それに向けて放たれたのは銃弾。頭を潰し、腕を穿ち、心臓を貫き、撃ち抜かれたものは次々と灰へと化していく。
 それを見ていた。ただ、見逃さないようにと、しがみつきながらも見ていた。彼らの死は見逃してはいけない。目を逸らしてはいけない。これは、私の抱えなければならないものだから。だから、目を皿のようにして見る。見届ける。
 その度にどうしようもない吐き気が襲ってくる。これ以上は見たくないと心が叫ぶ。けれどそれを叩き伏せる。見つめる。見届ける。私が犠牲にしてきたものを。不当に命を奪われてしまった彼らの姿を。
 銃弾が尽きたのか、彼女は拳銃を戻した。代わりに手に握ったのは音もなく両手の指に握られた剣。まるで爪のように伸びた六本の剣を駆使して彼女は死者の群れを文字通り切り抜ける。
 人ならざるうめき声。あぁ、それは既に彼らが人でない証。次々と灰へと化していく彼ら。それは先送りにしていた死の到来。元より死していた筈が動いている矛盾を消し去っていく。また一人、また一人と灰になっていく。
 迫る死者は止まらない。街全てを相手にしているのだ。そうそう減る訳がない。ただ一人に、それを覆せるとは普通は思わない。――けれど、彼女は強かった。


「――ふっ!!」


 短く吐き出された吐息。それと共に投げ放たれた剣は死者達を穿つ。それは一体、また一体と串刺しにしてなお勢いは止まらず。そして残されるのは灰となった死者達の残滓。
 風に吹かれ、空に舞って散っていく灰はすぐに消えて行く。呆気なくも消えていく。ただその痕跡だけを残して。


「――ほぅ、なかなかやるな。魔術師」


 不意に声が聞こえた。宙より舞い降りて来たのはあの不気味な男だ。シルクハットにスーツ、その上に今は漆黒の外套を纏っている。口を裂くような笑みの口元から覗く犬歯は吸血鬼の証たる牙が見えた。
 いつの間にか、ここは自分の家だった場所。今となってはこの街を殺した元凶の住まう忌まわしき地。私を背に乗せていた彼女は私に降りるように促し、私はそれに彼女から離れた。


「教会の回し者、とも思ったが、どうやら違うようだな。――何が目的で私の領域に足を踏み入れた? 魔術師」
「ただの観光だよ。世界を巡るのが趣味でね。たまたま立ち寄ったここだっただけ。んで、気に入らないから貴方を排除しに来ただけ」
「…それだけか?」
「それ以外の理由なんて、私には無いけど?」
「――巫山戯るな!! 魔術師!!」


 吸血鬼が牙を剥く。放たれた殺意は明確に。向けられている訳でもないのにその気配に身が竦む。体が震えて立っていられなくなる。ぺたん、と膝が折れてその場に座り込んでしまう。
 仇を討つって? こんな状態で? こんな相手に? 無理だ、不可能だ。ならば、絶望だ。私は何も為す術もなくここで死ぬ。何の意味も果たせずに、何の意味も得られずに、ただここで餌となるだけだ。


「――巫山戯ていない。大真面目だよ。気に入らないから殺す。あぁ、たったそれだけだ。シンプルだろう? 吸血鬼。――告げる、お前は、今日、ここで死ぬよ」
「何…!?」
「そう、この身に敗走は許されない。だから、ここでお前は私に負けてゆけ。お前が何をしようと、何を願おうと関係ない。お前は潰す。そう決めた―――!!」


 彼女から猛る力の迸りを感じた。そして理解した。――彼女は怒っているのだ。この現状を生み出したあの男を。彼女は嘆いているのだ。救えなかったこの街の人の事を。そして責めているのだ。救えなかった自分自身を。
 押さえていた感情はこの決戦の為に。蓄えられてきた力はこの為に。今、彼女は全てを感情の発露と共に引き出す。ただ、その為だけにこの身はあるのだ、と言わんばかりに。


「助けられなかった。その事を悔いる資格は無いのかも知れない。けど…それでも、彼らは生きた。その命を、お前が弄んで良いものだとも思えない!」


 だから、と彼女はそれ以上の言葉は紡ぐことはない。こうしている間にも敵は迫る。死者とされた街の人達が号令の元に彼女を殺そうと向かってくる。彼女はそれを先ほどと同じ剣を爪のように握る。どこから取り出したのかわからない。最初から持っていたような気もする。
 それは自然と彼女の手に収まり、彼女の爪となりて死者を引き裂き、灰へと返す。幾万の死者が向かってこようとも、彼女がその剣を振り抜く度に次々と死者は消えていく。


「――魔術師風情が! 良いだろう、貴様はこの手で殺してやろう!!」


 男が掲げた右腕。そこには一冊の書が握られていた。その書は独りでにページを開くと、発光を始めた。文字が光によって浮かび上がり、まるで胎動しているように点滅している。書に込められた男の魔力が書に秘められている力を解放しようとしているのだ。
 彼の傍にはいつの間にか死者達が集っていた。その死者の一人に手を翳す。すると、死者が悲鳴を上げ始める。その悲鳴が収まっていくにつれ、死者の体が作り替えられていく。骨がねじ曲がり、肉が盛り上がり、人の形を失っていく。
 次々と、彼らは異形の姿へと変わっていく。人の姿のままのものもいれば、ライオンであったり、または烏であったり、または形容し難い「何か」へと変わっていく。だが例え見知った獣の姿であったとしてもそれが「普通」じゃない事は明白だ。


「どうかね? 我が軍勢は? この血によって集められた魔力と我が英知を以てして生まれた軍団!! 貴様にこの軍勢が抜けるか、魔術師―――!!」


 男は酔ったように告げ、そして号令を下した。彼の言う異形の軍勢は一斉に群れを成して彼女へと襲いかかる。その一番手、巨躯のライオンが彼女に襲いかかろうと飛びかかった。それを寸での所で身を翳し、彼女はライオンの牙を避ける。
 しかしその先に待っていたのは烏。上空より飛来し、彼女を掴み上げ、絞め殺そうとその足を大地に叩き付ける。しかし彼女の身を捕らえる事はない。彼女は前転の要領で前へと飛んでいたからだ。


「…成る程、ソロモンの悪魔か」
「ご名答!!」


 ぽつりと、彼女が呟いた。ソロモンの悪魔、つまりはソロモンの72柱。それはイスラエル王国の第三代の王であるソロモン王が封じたとされる72柱の悪魔のことを示す。ソロモン王は神より授かりし指輪によって悪魔達を使役したという。


「貴様の知っての通り、貴様が挑むのはソロモン王が率いた悪魔の軍勢だ!! たかが一介の魔術師ごときに打ち倒せるものではないと知れ!! さぁ、潔くその血肉をぶちまけ、悲鳴を上げて絶望するが良い!!」


 殺到する悪魔達は確かに常人では相手に仕切れない。捌いている時点でそれも凄いが、このままでは彼女が死ぬ。素人目に見てもわかっていた。こんなのに勝てる訳がない、と。
 事実、彼女は追い込まれている。避けて、逃げて、それでも体に傷を作って血に塗れている。あぁ、やはり駄目だ。こんな化け物に勝てる訳がなかったのだ。


「忘れたかな、化け物?」


 だけど。


「私は言ったでしょ?」


 それでも何故、彼女の声に諦めの色はない?


「この身に敗走はない、と。ソロモンの悪魔? それがどうした? 所詮はそれも幻想だ。なら、それ以上の幻想を以て打倒すれば良いこと――」
「我が神秘を超えると言ったか!! 女ぁっ!!」
「あぁ、そうだ。――悪魔が相手か。良いだろう。それは悪の象徴だ。ならば、私が打ち倒すに相応しい―――!!」


 獰猛な笑みを浮かべ、彼女は変革の呪文を呟く。


「――起動(アウェイク)


 彼女は飛ぶ。幾多の牙を、幾多の爪を、幾多の武器を超えて踊る。舞い踊る度に赤の外套の裾が揺れる。薄く開いた瞳はまるで彼らを見ていないようにも見える。時に手に握った拳銃で防ぎ、暴虐の嵐の中を抜けていく。


呼出(コール)読込(ダウンロード)完了(コンプリート)


 男の苛立たしげな声がする。暴れ狂う力、それを回避するのは状況を的確に見据える心眼。彼女の言う通り、それは歴戦の戦士の足取り。生き延びる為に最適な状況を選び出す。あの軍勢は確かに強力だ。だけど強力過ぎる。
 力がありすぎる為に互いが互いを抑制してしまっている。力に溺れている為か、男は力の使い方を間違っている。超越種という自負が圧倒的な暴力で押してしまえば勝てると思ってしまっている。
 あながち間違いではない。数は力だ。だが、その力は振るえば良いというものではない。例えるならば素人が名剣を手に取った所で宝の持ち腐れなのだ。確かに男は魔術師として優秀だ。死徒に成り上がるまでに。だがしかして、彼は未だに出会った事が無かったのだろう。


「確かに貴方の悪魔召還は強力だ。――でも残念かな、都合の良い部分しか抜き出さず、媒体という形で召還した簡易な悪魔は弱点を突くか、もしくはそれを超える神秘を叩き付ければすぐに消える儚い幻想。広義に広めた魔術は信仰を持つけれど、中身が伴ってなきゃ、ね?」


 こんな風に、と。


投影・完了(マテリアル・アウト)


 彼女の手に現れたのは一本の剣。それもただの剣ではない。その存在感はただのナイフなどの刃物と一緒にする事など傲ましい。洗練された刃はどこか美しさを覚える。それを正眼に構えて彼女はその剣の銘を呼んだ。


"二撃要らずの憤怒"(モラルタ)!!」


 彼女が振り下ろした剣は光を帯び、その刃を向けた悪魔を――たった一太刀にて切り伏せる。抵抗もなく、悪魔はその一太刀によって崩れ去る。
 その光を帯びたまま、彼女は次の悪魔へと躍りかかる。また一体、また一体と彼女の剣は悪魔達を切り裂いていく。あぁ、先ほどまで暴虐を振るっていた筈の悪魔がまるで紙切れのようだ。


「なぁっ!? な、何だその剣は!!」
「一太刀限定だけどね、どんな物でも一太刀で切れるっていう名剣さ。相手が格上だとこう易々行かないけど、所詮は操る為に簡略化した悪魔程度なら―――」


 また一体、悪魔は灰へと返る。


「――十分でしょ?」


 そして剣舞が始まる。異形を相手に踊るのは赤き外套を待とう女。踊り子が握る剣は必殺の剣。一太刀、また一太刀と一撃で悪魔達が倒れていく光景はどこか痛快だ。悪い夢を見ているようだ。
 それは少女にとってそうならば、召還者である男にとっては文字通り悪夢なのだろう。それも、有り得もしない、考えられもしなかった絶望の悪夢。


「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なっ!! な、ならばこいつならどうだ!! 行け、フェニックスッ!!」


 男が命じて彼女に差し向けたのは全身に火を纏う怪鳥であった。それは誰でも知る「不死」の象徴だ。自らの体を燃やし、灰から再生するという逸話は誰もが一度は耳にするものだろう。
 それを迎撃する為に彼女はフェニックスを象る怪鳥を切り捨てる。だが、フェニックスはその身を炎に包み込んで傷を癒していく。甲高い怪鳥の声が周囲に響き渡る。


「チッ、不死性の相手にはモラルタじゃ相性が悪いか―――!!」
「ふ、ふははっ! やはりかっ!! このまま奴を燃やし尽くしてしまえフェニックス!!」


 怪鳥が甲高い声と共に彼女へと迫る。光を失った剣を下ろし、彼女は―――。


「じゃ、今度はこいつで」


 今度は、別の剣を手に取った。先ほどまで悪魔達を一太刀で切り捨てた剣は姿を消した。忽然と、まるで最初から無かったかのように。そして新しく握られた剣は鋭利な剣。先になればなるほど先の尖った剣を怪鳥へと向け。


"鋭利なる不死殺し"(ヴォーパル)


 フェンシングのように突き刺した。瞬間、フェニックスの体を包んでいた炎はかき消え、その身は灰へと変わる。その灰燼を男は呆然と見ていた。


「な、な、何故、何故だっ!? 何故フェニックスが滅ぶ!? 再生の象徴たるフェニックスが何故ッ!!」
「言ったでしょ? 貴方の神秘は簡略化されすぎてる。貴方は誰でも知り得る神秘の少し深奥を知っただけ。本来ならフェニックスなんていう幻想種、使役出来る訳ないでしょ? 貴方のはそれを象っただけの「紛い物」。そういう意味を持つ「現象」でしかない。否定するものを持ってきてしまえば消えてしまう幻。違うかな?」


 呻き声が聞こえる。それは正しく真実なのだろう。指摘された男は顔を真っ赤にして拳を握りしめている。それを涼しい顔で見つめながら鋭利な剣を肩に担ぐように構える。その目は鋭く、冷たい。


「さて、貴方は力なき人々を自ら得た力と知識で殺した。――なら、それ以上の力と英知の前に殺されるのも、覚悟出来るでしょ?」
「…くっ、この私が人間風情に、何故、人間などにぃいいっ!!」


 信じられぬ、と、認めぬ、と男は悪魔の軍勢を彼女へと差し向けた。ふぅ、と彼女はため息を吐き出す。その瞳に――冷酷なまでの殺意を乗せて。


「――じゃあ、その人間ごときの思いの境地の一つ、お前に見せてやろう」


 そうして彼女はヴォーパルという銘の剣を振るい、悪魔を退けながら、まるで詩を詠うかのように紡ぎ出した。


「――"The body is made with the sword."/体を剣に


 呟きが零れる。


「――"Blood is made steel,mind is the glass."/血潮を鉄に、心を硝子に


 踊りながら彼女は詠う。


「――"I pursue one's ideals."/幾たびの戦場を越えて不敗


 それは彼女自身を示す言葉。


「――"Defeat is not permitted,Dream is not given up."/ただ一度も敗走はなく、ただ一度の絶望もなし


 それは彼女の生き様を示しているものだ。


「――"And, it reaches polar regions at last,Place that wanted."/担い手となりて一人、剣の丘に夢を見る


 それは、なんて――。


"I request neither understanding nor sympathy."/故に、この生涯に意味など無く


 ――美しい在り方なんだろう。


"This is my ideal "unlimited blade works"."/ただ、この身を剣と為す





 * * *





 世界が変革される。
 流れ込むような水が世界に広がり、まるで膜を作るように世界を覆い、色を変えていく。それはまるで海の底。海の中から空を見上げたような潤いの空には時折、意味の無い数字の羅列が踊る。底には何もない平面の海底。そこに無限に突き刺さるのは剣、剣、剣、剣、剣の群れ。
 そこには、聖剣、神剣、魔剣、宝剣…名のある剣すら参列する。この世界は剣の為だけの世界。何もない荒野はただそれを受け入れる為だけの下地にして彼女の心を現す。海のような景観の空は彼女の心がある場所に、思い入れの地の記憶を再現する。


「……なんだ、これは…。まさか、そんな、あり得ない!! あり得る訳がないっ!!」


 男は叫ぶ。己の軍勢に酔っていた彼は現実を否定する。こんな事、あってはいけない。有り得てはいけないのだ、と。彼女がそうだと言うのか。話にしか聞いたことがない。実在は謡われてもそれは人の身では至れぬ境地だと。
 それは魔術の極意とも呼ばれる。魔法に最も近き魔術。本来ならば悪魔の持つものであり、人では普通はたどり着けぬ境地。ごく特定の人間だけがたどり着ける幻想の到達点。その名、「"固有結界"(リアリティ・マーブル)」。


「貴様が、貴様がそうだと言うのか!! 死徒の私ですら辿り着けぬ境地に、辿り着いたのが貴様だと言うのか!? 魔術師ィィイイッ!!!!」


 再び軍勢が彼女へと襲いかかる。だが、その軍勢に彼女は手を振り抜いた。それと同時に降り注ぐのは剣の雨。そう、雨だ。数など数えようとする事も出来ない程の夥しい剣が悪魔へと降り注いだのだ。
 ただの剣ではない。かつて名を馳せた名剣もただの雨の一部として使われたのだ。その威力は推して知るべし。少女を震え上がらせた悪魔は一体、また一体とその姿を灰へと返していく。


「そうだ。お前が挑むのは剣製の極地。『"無限の剣製"(アンリミデット・ブレイドワークス)』。古今東西、ありとあらゆる剣が眠る地だ。――さぁ、吸血鬼。貴様に挑むのは無限の剣、この幻想を捌いて見せろ!!」


 そして一方的な蹂躙が始まった。降り注ぐ剣の雨は悪魔の動きを拘束し、その間に両手に今度は白と黒の双剣を握った彼女が駆け抜け、その首を落とし、身を貫き、また一つ、また一つと悪魔を灰燼へと変えていく。
 それに男は焦りの表情を浮かべる。ここは彼女の世界だ。ここは既に男の本拠地ではなく、彼女の為の世界。そこは彼が今まで受けていた恩恵は無い。生贄とすべき街の人々も、作り上げた工房のバックアップもない。


「こんな、こんな、こんな―――っ!?!?」


 喚くように男は叫び続ける。こんなものは認められない、と。信じられない、と。だがそれは認めなくてはいけない現実だ。それは信じられなくとも現実として存在する。故に悪魔の数は減っていく。また一つ、また一つと。


「こんな、事が―――あって溜まるかぁぁアアアアアッ!!」


 悪魔の姿が消えていく。媒体とされていた街の人の姿もまた消えていく。その魔力は全て、男へと収束していく。次第に男の体が変化していく。それは媒体とされた街の人々と同じように、彼もまた悪魔へと変じていく過程。
 浮かび上がるのは蛙、かと思いきや猫、いいや、その全てだ。巨大に膨れあがっていく巨躯は三つの顔を持つ。人に、蛙に猫。そしてその体はまるで蜘蛛のよう。あぁ、なんて醜悪な姿。怖気が走る。    


「殺シテヤル!! 殺シテヤルゾ、ニンゲンンンンンッッ!!!!」


 その巨体は動き出す。その巨体の大きさは3メートルを超える程にまで膨れあがっている。並の衝撃じゃない。剣で受け止めるどころの話じゃない。あんなの、剣でどうにか出来るような相手じゃない。
 だというのに、彼女は焦らない。逆に苦笑まで浮かべているではないか。


「…いやはや、お約束の悪役って奴だね。知ってる? 東洋の島国ではね、こんな事が言われてるんだよ?」


 彼女が構えたのは―――弓だ。それに番えたのは矢ではなく、剣。格好としてみればとても不格好だ。まさか、それを矢として放つつもりなのか?


「最後の手段に巨大化した悪役はね―――必ず負けるっていう運命なんだよ」


 巨体は迫る。彼女を押しつぶそうと迫る。だが、その進行は無数に放たれる剣雨によって遮られる。その速度は確実に殺されている。迫りつつある巨体は驚異、だが彼女は慌てる事などしない。


"I am regenerated to the sword."/我が骨子は捻れ狂う


 弓に宛がわれた剣は矢へと変ずる。そう、彼女の告げた呪文によってその骨子は捻れて狂い、本来のものとは懸け離れた。だが、その本質の意味は違わない。故に――。


「――"偽・螺旋剣"(カラドボルグ)

 それは穿つ。巨大化した異形の身を抉り、奥へ、奥へと。まるで雷だ。雷が空へと昇ろうとしているかのような光量。悲鳴を上げる間もなく穿たれた螺旋の矢はかの身の中心に達し――。


「――"壊れた幻想"(ブロークン・ファンタズム)


 ――雷鳴を轟かせる如く、爆音と共にその身を内部より炸裂させた。断末魔も許さない程の圧倒的なまでの暴殺。爆発によって飛び散った肉片は地に落ちる前に灰へとなり、風にのって消えて行く。
 剣が沈み行く海底の底に残されたのは、その担い手である彼女と、傍観者である私。そして―――もはや虫の息であろう、男の残骸。ただ呼吸音だけが無駄に響く。


「…さて」
「…ぁ…」


 彼女が振り向いた。その視線は私を捉えている。何故か―――後ずさる。


「…これが、殺す、という事だよ。これはちょっと極端だけどね。でも、どんなに派手であろうと、何であろうと、殺すという事は相手から根こそぎ奪うという事だ」
「…ぁ…ぅ…」
「そういう意味なら、ある意味君は彼に殺された。――そしてその復讐を果たす権利と力は君にある。簡単な事だよ。その拳銃を彼に向けて、そして引き金を引けば良い」


 彼女は優しいのだろう。それはきっと間違っていないし、正しい。お人好しなんだろう。だから私を助けてくれる。その在り方も、この世界の空のように美しい。だけど同時に―――凄く、怖い人だ。そして意地悪な人だ。
 知ってしまった。殺す、という事がどんな事なのか。理解してしまったのだ。だからこそ―――怖い。それを望んだ自分すらも、圧倒的なまでの暴力を秘めた彼女も、怖いのだ。彼女はそれを知らしめたのだ。自分に教え込んだのだ。


「…ぃ…ゃ…」


 それが、もうどうしようもなく…。


「もう…いやぁ…っ!!」


 耐えきれない。こんなの自分が望んだ事じゃない。そうだ。自分が望んだのはあの日に帰る事だった。原因が無くなれば戻れるかもしれないなんていう淡い希望。だが、そんなのはない。私がしようとしていたのはただ意味の無い略奪だ。
 そんなの、彼と何も変わらないじゃないか―――!! おぞましい、あぁ、なんておぞましい!!
 体が震える。がちがちと歯が歯を叩く。両手で抱きしめるように身を抱いても止まる事なんて無い。―――その体を、優しく抱き留めてくれた。


「ごめん、とは言わない。私は私の意志で、君に殺す事への恐怖を与えた」
「……ぁ…」
「…憎しみは強い力。でも、それは炎のようなもの。燃え尽きてしまえば残るのは灰だけ。だから、貴方の火はここで消したかった。まだ、貴方は論理を捨てていない。どれだけ憎んでても、どれだけトラウマになろうとも、殺す、という事だけは、本当にやっちゃいけない事だと思うから。だから、君はそれで良い。…ごめんね、そしてありがとう」


 そして、もう一度だけ強く抱きしめたかと思うと、彼女は私に渡していた拳銃を手に握った。それを握りしめ、私に背を向けて歩き出す。歩く先は倒れ、虫の息である男の下へと。


「…殺すのは、私の役割だ。手を汚すのは私で良い。君は、辛いかもしれないけど、清いままで生きて。君は誰も殺してない。君は生かされてしまった。だったら、君を生かす為に死んでいった人を忘れないであげて。きっとそれが報いになる。そうしたら…いつか、君が幸せになれば良い。それは許されるから。いや、そうじゃなかったら駄目だからね? ――じゃあ、君の悪夢は、終わらせようか」


 宣言と共に、乾いた銃声が響き渡る。それは終幕の音。彼女の言う通り、それは悪夢の終わり――。





 * * *





 あれから。
 あれからどうなったかというと、私はいつの間にかどこかの孤児院にいた。私に残されたのは私の家を売り払った財産が丸ごと。それを預けられていたのは人の良い孤児院の院長さんだった。
 辛い事があったねぇ、と言われて、私は、泣いた。辛くて、悲しくて、たくさん泣いた。私だけが生き残ってしまったのが辛かった。これからこの痛みを抱えていきながら生きていくのは悲しかった。
 ――けれど、あれからまた何年か立って、私は今、普通に生きている。ありきたりな、そんな日常を。
 遺産はほぼ丸ごと、自分の下へと戻って来た。孤児院の院長さんは私の財産に手を出さなかった。人の良いおばさん、というのもあったが、恐らく彼女が暗示をかけたのかもしれない、と今なら推測出来る。
 だけど、真実はわからない。したかもしれないし、してないかもしれない。どっちかと言えば…院長さんも、あの人も信頼したいから、してない、って勝手に思ってる。
 一度失ってしまった普通だから、それがとても愛おしく思える。だから普通に生活に私はしがみついている。ありきたりな毎日に。


「アリスー! もうすぐで講義始まっちゃうよー!!」
「え? あ、もうこんな時間! ちょっと待って、今行くー!!」


 友達の呼ぶ声に反応して、私は腰を上げて傍にあった鞄を肩に背負って走り出す。スカートの裾を翻しながら駆ける途中、ふと目に入ったのはテレビだった。
 そこに移っていた内容は―――。


「…そっか。…嘘つきじゃ、なかったんだね。正義の味方さん」





 * * *





 この身はただ、理想を体現する為だけに存在している。
 この身はただ、利用される為だけの肉体。どれだけ傷つこうが、痛もうが、それは結局どうでも良い。
 そんな道に誰からも賛同を得られる訳がなかった。むしろ、排されようとする方が自然の流れ。
 こんなニンゲン、異常を通り越して狂っている。愚かしい。どれだけ傷つこうとも救う事を諦めず、血まみれになってでも誰かの命の為に体を張る。
 理解も、共感も、この身に得られる訳がない。そう、こんな道、間違っている。こんな在り方はおかしい。狂っているという言葉すら生ぬるいのではないのか?
 ぎしぎしと、軋む音がする。みちみちと、肉を千切る音がする。
 血が止まらないのはこの体の限界を示している。体の奥より生えた剣は、もはや致命的な傷を生み出して、幾ばくかの余命すら削り取っていく。既に視界はもやがかかったように不鮮明。
 外套は血に濡れ、その色を更に鮮烈に染めていく。生気を失った白の肌も逆にその赤の鮮烈さを色づけるだけ。血に塗れた髪はもはや見る影もない。赤なのか、白なのか、だがどちらにせよ燻った色だ。見栄えなど悪いか、と自嘲する。
 その小さな笑い声にも吐血が混じる。もう時間はない。だから、空を見上げる。


「世界よ…契約、は…果たした…」


 絶え絶えの声だ。それでも、声に出す。


「だか、ら……その代価を…ここに…もらい受け…たい…」


 死の間際に願う夢。願いは叶った。理想は遂げた。道半ば、というのは確かにある。だがここまでなのもまた事実。だが所詮、この終わりは一区切りにしか過ぎない。私の理想は死んだって続いていく。
 ねぇ、知ってる? と彼女はもう声なき声で誰かに問うた。私の知っているあの子がね、医者になったんだって? 凄い名医らしいよ? 私が殺してしまったあの子と瓜二つ。うん、もしかしたら転生したのかもね。凄い、びっくりだ。
 ねぇ、どうかな? 私は今度はあの子を殺すんじゃなくて、助ける事が出来たんじゃないか、って胸を張っても良いと思うんだ。だって、凄い事じゃないか。医者になるって。ちょっと囓った程度の自分とは全然違う。これからきっと多くの人を救うよ、あの子。
 ねぇ、ねぇ。彼女だけじゃない。私が知っている子も、私が知らない子も、きっと、今もどこかで笑ってくれている。…もしかしたら、悲しんで、辛い目にあってるかもしれない。
 けれど、それは、どうだろう? それを無くして終わってしまう事の方が不幸だって私は思うんだ。不幸があるから私は幸運だった事を凄く幸せに思えた。皆がそうじゃない、ってわかってても、だけど、私はそうなんだ。
 …うん、わかってる。これが押しつけだってことは。だけど、でも、少なくとも、一人は幸せにしてみせたぞ? どうだ? 貴方なんかと違うぞ? 私。
 …未来はわかんないよ。例え停まってたって、世界は勝手に動くんだ。だったら、今が不幸でも、いつか、やがていつかは何かが変わるかもしれないじゃないか。いくら世界から切り離されたって、時間から切り離されたって、それでも、何かは少しでも変わる。


「…わた、し…そう…しん、じて、る…よ…」


 だから、瞳を閉ざす。
 終わりなんだ。もう、体が寒いとか、痛いとかも感じないんだ。この体は終わってしまった。凄く、凄く眠いんだ。体が怠くて考えている事も億劫だ。
 これから、どうなるのかなんてわからない。定められていた結末は終わりを告げる。私の運命は、私の願ったとおりに終わった。
 世界に代価を求めた。だから、その先は―――。


「…あ…は…」


 瞳から、血に混じって涙が零れた。その瞳は最早、世界をみていない。その瞳に光は失われている。ならばその瞳が見ているのは―――。


「…よう…やく…たど…り…つい…た…よ…?」





 * * *





「―――愚かだな。あぁ、愚かだ。馬鹿すぎて呆れも吹っ飛んだ。逆に喝采してやろう。馬鹿め、馬鹿め、馬鹿め、とな」
「…あの、ソレが、再会の第一声?」
「ふん。よくやった、おめでとう。君のお陰で私は私を顧みる事が出来た。―――などと言うとでも思ったか? 君を見て確信したさ。あぁ―――やはり間違いだったとな」
「…うわぁ…この頑固者が……!!」
「そうさ。それの何が悪い? ふん、無駄な徒労、ご苦労様。確かに君の宣言通り無意味な生涯だった。一片の間違いもなく、な」
「……へ、へぇ…! でも良いもんね! 私としては満足してるから! どうだ、ざまぁ見ろ!!」
「あぁ、そうだな。君の幸せとやらは本当にイカれてる。最早、表現すら出てこない。素晴らしいな。極めているぞ、君は。完全なるアレだ。む? 何だ? 実際に口に出して欲しいのか? 止めておけ止めておけ、あまりにも……可哀想だ」
「…へぇ? 何? 死ぬ覚悟完了って事? ここで殺される準備は万端って事? そう、遺書の準備は十分なんでしょうね、この捻くれ頑固者ッ!!」
「ふっ、私が君ごときに負けるとでも? ――舐めるな再現者風情が。担い手を模倣した所で担い手たる私には勝てん。何、では講義してやろう。真の剣製というものをな」
「上等! こっちだってただ貴方の模倣をしてただけと思うなよっ!!」






「臆せず掛かってこい、貴様が挑むのは真なる剣製の極地。貴様の剣製など児戯と知れ」
「傲ってなさい馬鹿、貴方に挑むのはただ一つの想い。貴方にすらこの剣製は為し得ない」
「ならば―――」
「―――いざ」
『―――勝負ッ!!!!』







「…あんの馬鹿ども。何やってんだか…まったく…本当、馬鹿ばっかねぇ」








 それは、どこかの地であった、誰かが夢見た、遠い、遠い理想の―――。





 End…。
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ただ一言。

良し。
2010/10/29 Fri URL通りすがり#pwutJTUc [ 編集 ]

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