次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
■■■スポンサーサイト
--/--/-- --スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
■■■朧月の契り 第1章 02
2010/10/21 Thu朧月の契り
 ――夢を、見ている。
 それは苦しみの記憶だ。体は重く、頭は割れんばかりに痛い。歩く度に億劫になっていく体。眠りにつけばどれほど楽か、その誘惑に誘われれば死があるとしても安寧が欲しい。
 そんな私に必死に歩け、生きろ、と手を引き、その背に抱え、この命を繋いでくれた人は何故そんなにも…――。





 * * *





 衛宮 奏のする事はあまりにも少ない。目覚めてからまだ日も経っていない、というのもあるが、それでも彼女にはする事があまりにも無いのだ。
 奏は目が覚めれば食事を作り、部屋の掃除をして、それから手持ち沙汰となる。凜は朝食を食べれば、部屋に戻る。部屋には入るべからず、と言いつけられているので凜の部屋には入った事がない。
 うなれば、自室に戻るしかないのだが、そこには凜が置いてくれたPCぐらいしかない。一応、ネット回線は繋いであるが、精々それぐらいしか時間を潰す事が出来ない。
 一般常識を学んでおけ、と。凜から言われた通りに世界のニュースなどに目を向けてみる。様々なニュースがあるが、その中で奏が目を惹いたニュースがあった。


「…ネット中に謎の怪死…。引きこもりがちだった人達が死体で見つかった…」


 ずきん、と。
 頭が痛む。ずきずきと、頭の奥から何かを引っ張り出そうとしているような不快感。痛みがあるのだが、その痛みもまた遠く、鈍く。それがまるで自分の痛みではないような錯覚。だが、それは確かに自分の痛み。
 怪死、何故かわからない。このニュースを忘れてはいけない、と何かが叫んでいる。それを自分に刻みつけようとしている。忘れるな、と。そう、忘れてはいけない。彼らを■したのは紛れもなく―――。
 これ以上の記事はない。いつの間にか無数のページが開かれていた。それを一つ、また一つと消していく。じゃあ他にはどんなニュースが流れているのだろうか、と奏は次のページへと向かうのであった。





 * * *





 凜の自室。その部屋には奏の部屋に置かれている一般家庭に備え付けられているようなパソコンとは違う、様々な機材に隠しきれないコードが部屋に乱雑している大型のものが設置されている。
 その中で椅子に座った凜はその膝の上にある携帯末端のキーを叩きながら画面を凝視している。キーを叩く指は淀みなく、打ち込まれる文字の羅列は凜にしか意味を成さない。そして――。


「…ちっ」


 舌打ち一つ。凜は素早く再びキーを打ち込み、自らの痕跡を完全に消した後、回線を切った。そのまま電源も落とす。暗くなった画面は何も映さない。それを確認し、凜は力を抜いた。


「…捜索の手は止まず、か。しつこいったらありゃしない…」


 零したのは悪態。思わず天井を仰ぐようにして見た。何がある訳でもない。ただ、疲労感が何気なしに体を楽な態勢へと誘ったのだ。ぐったりと椅子に体を預けて、凜は深いため息を吐き出す。
 凜は世間的に見ればテロリストだ。西欧財閥に真っ向から反抗していたレジスタンスのグループに属していた。しかしそのグループも壊滅状態。凜に西欧財閥の支配をどうにか出来るだけの力はない。
 そして、何より志が折れた訳ではないが…、いや、折れてしまっているのかもしれない。聖杯戦争の中で自分は西欧財閥の当主であるハーヴェイの聖杯取得の阻止、そして願えるならば自分の願いを叶えよう、と考えていた。
 しかし、その願いは敗退という形で決着がついてしまった。結果的にハーヴェイの阻止こそ叶ったものの、一人では出来る事など数少ない、と凜はあの戦争において理解してしまったのだ。
 例えどれだけ優秀であろうとも、数の暴力に打ちのめされるだけなのだ、と。諦めきれない思いはある。無論、諦めるつもりはない。だが、余りの現実に立ち向かうだけの気概も無い。
 ただ残ったのは変わる事の無い未来が待ち受ける破綻した世界と、現実に叩き伏せられた理想と、小さな、ほんの些細な願いだけ。


「…でも、身から出た錆とはいえ…これは…」


 辛いなぁ、と。
 零した弱音は一人の部屋に溶けて消えていく。自らの額の上に手を乗せる。追われる身となった自分では自由になど生きてはいけない。いくら情報を改竄しようとも、ありとあらゆる手を尽くそうともいつかはやってくる現実。
 逃げて、逃げて、逃げ続けるしか自分には出来ない。それがわかってしまった。わかってしまったのだ。


「…諦めない、なんて言える程…私だって強くないわよ…」


 どんな苦境にだって歯を食いしばって生きてきた。常に優雅たれ、と風化したような家訓ではあったが、それを護ってきた自負もある。やるからには徹底的に。才能に助けられたが努力は忘れなかった。
 足掻いて、足掻いて、足掻ききった。いつだって、どんな時も。けれども…それも限界が近いのだろうか、と。
 恩は忘れない。だから助ける、また会おう、と約束した。もしも西欧財閥が彼女の存在に気づいたらどうなるかわからなかったから。護りたい、と思った。だから彼女を探して、目覚めさせて?


「…間違いじゃない。私は間違った事はしてない。誰が間違ったって言っても私はそれを曲げたりしない。反省はするかもしれないけど、後悔は出来ない…」


 例え、その先に自分の未来が無かったのだとしても。それだけは、曲げる訳にはいかない。否定は出来ない。否定する事によって裏切ってしまう失われたものがあるから。だからこそ、後悔はしない。


「…ただ、望んじゃうよなぁ」


 あぁ、出来るならば、平穏な学校で、その屋上で平和な日常を謳歌し、まだ見えぬ明日へ希望を抱きながら離す。将来はどんな自分になりたい? そんな問いかけをして馬鹿みたいに笑って――。
 叶う事のない夢を見る。ただ、朽ちて行く。形あるものは朽ちて行く。それは誰にも例外なく訪れ、決定的な罅は入れられた。だから、わかっている。きっと、この先―――自分は長くないのだろうな、と。遠坂 凜は、最早戻れぬ所までに足を踏み入れてしまっているのだから。


「…中途半端にだけは、出来ない、わね」


 そんなの、許される訳がない。だから―――。





 * * *





 ――■れ■■■。

 繰り返される夢を見ていた。

 ――■■な■で。

 気づかない振りをしていた、という訳でもない。ただ、確証がなくて、確信も持てなかった。だけど、最近、この夢の意味を理解してきた。

 ――■れな■で。

 繰り返される夢。まるで映画を見ているような客観的な視点。断片にしてノイズ塗れの情報という名の記憶。それは決して自分のものではない。だが、それは確かに自分のものとなる。

 ――■れないで。

 幾度も繰り返す事によって、見えぬ断片も見えるようになってきた。自分は知らない。だが、それを取り込み、自らのものとした。
 だって、私はあまりにも空白だ。あまりにも空虚だ。あまりにも、何もなさ過ぎて、見るもの全てを取り込んで、そこから途切れてしまう。
 情報も全て鵜呑み。ただ、知る事しか出来ない。それに価値を付随する事が出来ない。ただ飲み込む。飲み込み、蓄積していく。
 その中で、唯一飲み込むだけのものとは違うもの。笑い、悲しみ、怒り、楽しみ、憎み、慈しみ、愛して。響く。心が響くのだ。心が奮える。

 ――忘れないで。

 声がする。自分の声じゃない、誰かの、だけど自分の声。あぁ、その声はあまりにも不可解。貴方は誰なの? 貴方は誰? 貴方はだれ? あなたはだれ? あなた、だれ? あなただれ? あなた……あなた…。


 あなた、わたしなの?


 また、夢は繰り返される。ただ、懇願するように、ただ、執着するようにその声と夢は繰り返しを続ける―――。





 * * *





「―――…っ…ぅ…」


 目が開く。いつの間にか自分の体はベッドに横たわっていた。あぁ、そうだ。ずっとパソコンを見ていたから疲れて眠ってしまったのか、と。
 目を擦る。寝ていたのはどれくらいだろうか、と時計を探す。時刻を確認すればもうすぐ夕方になるだろう時刻。2、3時間ほどか、と思い―――。


「…変な、夢」


 夢の内容は幾度も見た夢。だが見る度にそれは鮮明になっていく。それは自分の思い出なのだろうか? 失われた自分。その自分はどんな生活をしていて、どんな人達に囲まれていたのか。
 夢の内容は学校で行われていた。だから、自分の学生の時代の記憶なのか、と思えば、ならば何故こんなにも心が奮えるのかわからない。死を身近に感じ、命を奪う事に抵抗を見いだす事など学校内であり得ることなのか?
 何かが歪だ。これはちぐはぐだ。自分の知っているものとは違う、食い違いがありすぎる。ではこれは何を意味する? 理解が出来ない。


「…考えたって仕方ない、か」


 答えは出ない。ただ余りにも判断出来るものが無い。だから理解が出来ないし、理解が出来ないものに答えを出せ、というのも無理だ。これだ、という言葉も見つからない。だからもどかしい。確かに自分の中にあるものの筈なのに、それを外に出せない。
 凜に相談してみようか、と体を起こした瞬間だ。こん、こん、と静かなノックの音が聞こえた。それに、はい、と返事をすると、凜の声がした。


「―――入るわよ」


 その声はいつもと違っていた。あぁ、きっとこの瞬間から彼女は悟っていたのだろう。これが終わりであり、そして始まりの切欠であったのだ、と。
 軋む音がする。歯車が軋むような音だ。何故かそんな音をどこかで聞いていた。それはまるで悲鳴のようだった。





 * * *





 それは万能なる器を巡った戦争。
 魂を電脳の世界へと解き放ち、架空の地にて行われた戦争。
 過去の英霊達を従者として従え、幾たびも殺し合った。
 そうして選ばれた勝者はただ一人。幾多の血を注がれた聖杯は血塗れの勝者に渡る。
 数多の命と願いを吸い、血塗れの杯は勝者の幻想を現実と為す。それは正に奇跡。

 これが―――聖杯戦争。


 語られる。この世界ではない、電脳世界、月にて行われた戦争の経緯と内容。そして自分との関係性が彼女の口によって明かされる。
 彼女は泣きそうだ。彼女は決して涙を見せない。彼女はだからこそいつもより無表情だ。だがそれが尚更痛々しい。だがそれでも毅然として彼女は語り続けている。淡々と、自分の感情を客観的に語り続ける。


「――貴方はね、いえ、正確に言うならば「貴方」を模した「貴方」が勝者だったのよ。私は貴方、いえ、彼女に助けられたわ。だから敗者であったけれどもここでこうして生きている。――だから私は貴方を起こした。…「アイツ」じゃないとしても、貴方は貴方だから、どうしてももう一度会いたかった」


 語られる真実に、思考が追いつかない。凜の話を聞かなければ、と思うのに思考がそれを許さない。

 私じゃない私?/そう、私は貴方のコピーだ。
 信じられない。/けれどそれが現実。
 現実?/現実だ。
 貴方は「私」?/「私」は貴方。
 なら、この身は…。/私じゃない。でも…。
 どうして?/望みがあった。
 何故?/でもどうしてこうなったかわからない。
 私は誰?/知らない。
 私は貴方。/決してイコールじゃない。けれど…。
 私は/繋がっているの。

 ノイズが重なる。二つの思考。これが意味するものは理解出来る。しかし何故? 疑問に答えはない。
 これは私じゃない。だけど私だ。けれど私ではない。でも私なのだ。ならば―――私なのか?
 ノイズが走る。脳の中身をぐちゃぐちゃにされるような激痛。目の前が真っ暗になる。真っ暗に走るのはノイズ、ノイズ、荒れた砂嵐のような視界。その中で朧気に見えてきたのは―――。

 深い海のような蒼の世界。

 文字の羅列が浮かぶ。それは情報の海。

 その中で漂う■■■■。

 その頬に伝うのは……。

 そして、不意に■■■■と目が合った。



 ―――ミルナ。

 ―――ソシテ。

 ―――忘レロ。



 暗転する。視界が、世界が、全てが暗転していく。無理矢理引きちぎられるような感覚によって二重の思考は再び一つに戻る。繋がりが消え失せ、残るのは途方もない曖昧な感覚。
 夢現、ただ、ぼんやりとしていた。そんな中、凜の顔が見えた。彼女はこちらを伺うようにこちらを見ていた。あ、と声を漏らして、不意に額を拭った。ぐっしょりと汗に塗れていた。


「…ごめんなさい、動揺、してるわよね。正直、どうかしてる。こんな話、信じてっていう方が難しいわよね」
「…、……。…じゃあ、凜が私を起こしたのは…」
「…はっきり言うわ。それは私の自己満足だったわ。私が、ただもう一度貴方に、…いいえ、「アイツ」に会いたかった。同じだから、忘れてても同じだと思った。だから、貴方を目覚めさせたわ。確かに貴方は「アイツ」だった。でも…貴方は、やっぱり「アイツ」じゃない」


 それは決定的な拒絶。すとん、と胸の中に何かが落ちた。あぁ、と。何故だろう、ようやくわかったのだ。言葉に出来ないのでは無かった。それは言葉にしてはいけなかったのだ。出してはいけなかったのだ。
 少なくとも自分からでは駄目だったのだ。だからこそ彼女自身の口から出るまでこれは形になる事を許されなかった。疑問を抱いてはいけない。何故ならば私は―――何だ? 一体、何なのだ?
 …何を思った? 何を考えた? 凜から、求めていたのはお前じゃない、と言われた。はっきりと、言い訳も何もない。求めていたのは私じゃない、と言われたのは―――安堵?


「…だから」
「―――良かった」
「…ぇ…?」


 きょとん、と。私の口から紡がれた言葉に凜は目を瞬かせた。そう。私は凜に求めているのが私じゃなくて、「私」なのだと知って…。


「…私じゃない。私が思い出せないのは、私が悪いんじゃなくて、違うんだ」
「…ぁ…」
「私は、凜の求めてる人じゃない。少なくとも、今はそうだ。だから…良かった。私が私として凜に会って、それで忘れてたなら許せないけど…私じゃない「私」と来たか…。これは凄い、吃驚だ」
「…か…なで…」
「うん、でも「奏」じゃない。私は聖杯戦争なんて知らなくて、何も覚えていないただの女の子で、戦いとか、そんなのは無縁で、貴方の望む人じゃない。――凜。私は貴方の望む「私」にはなれない」
「―――ちが、私はそんなつもりじゃ!!」
「良いんだ。凜が求めているのが、凜の我が侭で良かった。…私じゃないってわかってるなら、凜、良いんだ。私が思い出せない、って言うなら話は別だけど、ね? 凜が悲しむのは凜のものだ。私の所為じゃ、ないでしょ?」
「……そうよ」
「だったら、私は凜の涙は止められない。凜の悲しみは止められない。止める権利なんて私は無いから。だから…私は言えるんだ。私の所為じゃないなら――私と一緒に笑おう? 凜」


 私は貴方の求めている「私」じゃない。
 だから私は「私」にはなれない。それは「私」にも失礼だ。
 彼女の記憶は…繋がっている。ノイズでぼやけて見えない部分も多い。
 感情に共感が出来ない。経験に共感が出来ない。その年月は私のものじゃない。
 けれどそれはとても大切なものだったんだ、と。凜が大切な人だったんだと告げている。
 私じゃない、けれど「私」が大切に思う人ならば、あぁ、私にだって大切に思えるかもしれない。
 そうすれば――何もない私が、得ていく。形を。それはただ真似るだけかもしれない。だが良いだろう?
 私には所詮真似る事しか出来ない。何もない私になど何も出来やしない。なら、知る限りで、そうしていくしかない。
 「私」は私なのだ。そこに到底たどり着ける気はしない。なれる気もしない。けれど…限りなく近くなる事は出来るだろう。そして繋がりがある以上、いつかは…。
 でもそれは秘する。私はやっぱり「私」じゃない。少なくとも今は。だから、私は「私」を別人として扱おう。
 私は託されたのだ。願いを、思いを、記憶を、未来を。ならば、その全てを私の為に使おう。
 始めていくのだ。何もかも、ここから。何、良いスタートじゃないか。私を無条件に思ってくれる人がいるのだ。なら――きっと、私も愛していける。
 理由を知っても、だからどうした? と笑ってやろう。私は「私」じゃないから、知ったことか、と笑い飛ばせる。そして彼女の手を引こう。
 「私」に託された私は、「私」以上に彼女に彼女の求める者になれる筈だから。


「……なんで…?」


 その声は、静かだった。ただ唖然としすぎて言葉は擦れかけた小さなもの。


「…どうして…っ…アンタはっ! アンタは、そんな奴なのよっ!!」


 いきなり立ち上がり、奏の襟首を掴み上げて凜は奏を壁に押しつけた。その衝撃で僅かに咳き込む。それも気にせず、凜は襟首を掴みながら震えていた。


「アンタが望むなら殺されても、また一人になっても良いって思ったのに…どうして? どうして!? 同情? 哀れみのつもり? …違う、わかってる。そんなんじゃないって…でも、どうして…? アンタは、どうしてそんなに…!!」
「…凜」
「私は! アンタを起こした!! もしかしたらもっとより良い場所に生きれたかも知れない貴方を私に巻き込んだ!! ただ、私の我が侭で!! 普通に生活が出来ない、こんな逃げ回るばかりの生活を!! 私はね、テロリストなのよっ!? この手は血に染まってるのよ!! 何人も殺した!! 殺したのよっ!!」


 勢いよく叩き付けられる言葉と共に、胸を叩かれる。だがその手に力はない。むしろ、言葉の方が重く、苦しい。何度も胸を叩かれながら、震える体を押さえながら凜は胸の内を吐き出していく。


「そんな人殺しが…今更、自分の幸せを願ってるのよ…? アンタと居たい。でも、それは私の望むアンタじゃないから、アンタは気にしなくても良いのに…何で? わかっちゃうのよ…アンタ…どうして、私を…」
「…凜が、最初だから」


 もう良い、と。奏は凜を抱きしめた。凜は抵抗なく奏の胸へと顔を埋めた。力は無い。ただ、震えるだけだ。そんな彼女を強く抱きしめる。離さないように、包み込むように。


「私には何もない。名前以外の事なんて真っ白だ。そんな真っ白な世界に初めて色をくれたのは凜だ。凜じゃなかったら、なんて、凜に起こされた時から考えられない。そんな想像するだけで怖い。凜で良かった、と思えるならそれが私の真実で良い」
「…っ…」
「凜以外? 駄目だよ、凜。そんな逃げ道、私は許さない。凜、私を起こしたんだ。だったら最後まで凜は胸を張って良い。私は貴方に望まれて幸せで、貴方を望まない私はそこに必要は無い。もう、私にとっても―――貴方は、離したくない人だ」


 だから。どうか―――。


「泣いて、いっぱい泣いて、その先に笑おう。笑って、凜。私は凜が大切。もしも、なんて所詮はもしも。もしもは可能性でしかない。終わってしまったもしもは胸に止めておいても構わないけれど、前を進む足止めにしちゃ駄目だ」


 凜が、その身に体を入れた。離れようとしている。彼女は逃げようとしている。それは得てはいけない、と。それ以上の言葉を聞いてはいけない、と。わかっている。わかっているとも。この言葉は今の君を壊す言葉だと知っている。
 だから、壊そう。今の痛々しい君を、痛みに毅然としている君を私は望まない。全てを吐き出して、流しきった後の凜が見たい、と。


「――離さない。貴方が私を拒絶しても、もう、私は貴方を譲らない。起こした責任はきっちり取って貰うよ、凜。だから私の為に、全部吐き出して、全部聞かせて? そして私の話を聞いて欲しい。私は何度だって言う。私は凜以外の可能性なんてもう要らない。だから――君に出会えたことを絶対に後悔なんてしてやらない」


 強く、強く掻き抱いて。離さないように、離れないようにと。


「君の話が聞きたいよ。凜。凜の事も、私じゃない「私」の事も、聖杯戦争の事も、色々教えて欲しい。そして一緒に思い出を作っていきたい。他ならない、凜と一緒に」


 最早、言葉は尽くせるだけ尽くした。結局は、そう。――もう、衛宮 奏にとって遠坂 凜とは切っても切れない縁にあるのだ。私が目覚めた瞬間、こちらを見て微笑む貴方を見た瞬間からその笑顔に心奪われていたのだから。
 刷り込み、だと彼女は言うかもしれない。だからどうした。なら責任を取れ、と私は言ってやる。それ以外の可能性なんて、私が目覚めて、凜と顔を合わせた時から失われている。なら――それを後悔する事はない。
 だからもう良い。もう良いんだ、と凜の背を撫でた。彼女は確かに多くの人を殺したのだろう。それはいつか罰せられなければならない。逃げ続けなければいけない、というのならばそれを哀れむ事はしてはいけないのだろう。
 それが彼女の罪だ。彼女が殺した人の分だけの業だ。なら私がするのは――彼女と生きると決めたなら、その血濡れの道を共に歩む事だ。何の後悔もなく、自らの意志で、この道こそが私の幸せだと笑って。
 ―――例え、そこに破滅的な未来しか待っていないとしても。
 破滅的だからどうした? 長く続く穏やかな日々が万人に取っての幸せなのかもしれない。けれど、私はそれを幸せだと思っても、凜と縁を切るぐらいなら願い下げだ。


「……アンタ…やっぱり…アイツなんだなぁ…」


 小さく、呟いた。押しのけようとしていた力は抜け、逆にこちらに縋るように体を預けてくる。その重みが嬉しい。預けてくれるその体の重みが心地よい。此処に自分はいるのだと実感できる。


「……私と…生きてくれる? 奏…?」
「…うん」


 返事は多くはいらない。ただ、そっか、と呟いて泣き笑いで笑みを浮かべる彼女の笑顔に見惚れていたい、と。強く、そう願った。この笑顔が失われるぐらいならば、私はきっと何を捨てても良い、と。





 ――ソレデ、良イ。





 軋む。歯車が軋む音が頭のどこかで鳴り響いている。だが、その音は次第に遠く―――。
スポンサーサイト
トラックバック(0)+ +コメント(0)
朧月の契り 第1章 03 ≪ BACK ≪ HOME ≫ NEXT ≫ 朧月の契り 第1章 01

管理者にだけ表示を許可する
HOME
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
ブログ内検索
リンク
カテゴリー
最近のコメント

 
 
 
 
 
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。