次回キリ番リクエスト30000!! 更新報告:12月15日 朧月の契り 第2章14 日記 を更新。
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■■■リリカル・クロニクル =世界の終わりに悪魔と竜は戯れる=  第2章 09
2010/10/13 Wedリリカル・クロニクル
「幾つか手はある」


 ジェイルの言葉はそこから始まった。ここは御神家屋敷跡から少し離れた旅館だ。旅館に備え付けられていた浴衣を身に纏い、なのはと向かい合うジェイル。
 なのはもまた浴衣へと着替えていて、髪を流している。他の面々は思い思いに旅館に散っていて今、ここにはなのはとジェイルしかない。


「1つ、諦める」
「それは根本的な問題の解決になってませんから駄目です」
「だろうね。ならば2つ、君が御神の剣士として完成する」
「…時間が圧倒的に足りません」


 なのはは段々と苛々してくる。ジェイルの言葉の意図が捕らえきれない。彼は一体何を考えてこうして出来もしない手段を提案してくるのか。だがこれは今までの対応を考えればただはぐらかしているだけ。こちらが苛つくのを嘲笑っているのだろう。
 そう思えば怒鳴り散らしそうになった感情にブレーキがかかる。ふぅ、とんなのはが息を吐き出してジト目をジェイルに向けると、ジェイルは降参と言わんばかりに両手を挙げる。それまでどこか巫山戯ていた顔だったジェイルの顔が真剣なものとなる。


「…これはあくまで理論上の話だ。それでも聞くかい? 成功する確率があるとは言えないし、私が想定する結果が本当に発生するかもわからない。100%賭けになると言っても良いだろう」
「…実証が無いんですか?」
「無いよ。何故ならばそれは特定の条件下のみで可能で、今のところ、それに該当するのが君だけなのだから」
「…教えてください。賭けでも良いです。時間が無いんです」


 なのははジェイルを真っ直ぐに見つめて告げる。ふむ、とジェイルは小さく呟きを入れて顎を撫でる。じっくりとなのはを観察するように見ていたジェイルだったが、ふぅ、と一息を吐いて。


「良いだろう。ならば説明しよう」





     ●





 ごとん、と音と共に自販機から缶ジュースが出てくる。それを手にとってプルタブに指をかける。空気の抜ける音と共に蓋が開き、缶の中にあるジュースを口の中に含む。ジュースを飲んでいるのはチンクだ。
 チンクの足が向かう先、そこにはトーレとドゥーエが座っている。彼女等もまた浴衣を羽織っている。彼女達がいるのは遊技場だ。旅館と言えば卓球台。現在はウーノとクアットロが試合をしている。


「ちょっ、ウーノ姉様! 手加減してください! 私は文官ですっ!!」
「試合に情けなど不要です。さぁ、潔く果てなさい」
「さっきから顔面狙ってるのはそういう訳ですか!?」
「Tes.最も効率的に敵を打破する方法です」
「ルールを守ってくださいぃぃぃいっ!! これポイント先取で勝敗決まりますから!!」
「Tes.落としたら1ポイント、頬で2ポイント、目で3ポイント、眼鏡で10ポイントでよろしいですか?」
「何そのルール!? というか眼鏡ポイント高っ!!」
「レンズが割れれば一撃必殺なので」
「誰が割らせるか……ってさっきから回転がかかって、ツイストしてる!?」


 …そんな2人の微笑ましい試合光景から目を逸らす3人。ずず、と示し合わせたように互いに飲み物を呑む音が揃う。そしてほっ、と吐き出す息のタイミングもまたピッタリだ。


「…しかし、これからどうなるのかな」
「これから、というと?」
「なのはだよ。…話を聞けば、今のままじゃ勝てないって言われてるんだろう?」


 チンクは疑問を口にするとトーレがジュースを持ちながら腕を組む。ふむ、と声を漏らして何かを考え込むように。


「だが、諦めるようなタマでもあるまい」
「それにドクターが何か策略っぽい事をしてたみたいだしね」


 トーレの呟きに続けるようにしてドゥーエが言う。それを告げればまた一口、ジュースを口に運んでドゥーエはほっ、と息を吐く。


「まぁ、方法が無い訳じゃないのよね」
「なに? そうなのか?」
「ドクターが研究してたものがあるんだけどね。まぁ、特定条件下じゃなければ発現しない現象だからドクターも半ば捨て置いた理論なんだけどね」
「どんな理論だ?」


 疑問の声を挙げるチンクとトーレの疑問に答えず、ドゥーエはジュースを一気に煽るように飲み干す。飲み干した缶を口から離し、ほぅ、と息を吐いた後、缶をゴミ箱へと投げる為に立ち上がる。
 缶をゴミ箱に投げると先に投げられていた缶とぶつかって音を奏でる。こき、と首を鳴らしてドゥーエは改めてトーレとチンクへと視線を移して。


「突拍子もないトンデモ理論よ。……だけど、その理論が正しければ…――高町なのはの前には神すら平伏すでしょうね」





    ●





「――本当に、そんな事が可能なんですか?」
「さぁてね。これはあくまで私の推測で、実証が無いお話だ。君にそんな兆候は見られなかったし、もしかしたら私の考えすぎという事もある。だがもしも私の理論が正しければ、君は…」


 気分を良くしたように口を開いていたジェイルだが、不意にその口を閉ざした。なのはは震えていた。小さくその体を震わせ、浴衣の裾を握っていた。顔色は決して良いとは言えず、青白さが顔に滲み出ていた。
 そんななのはの様子を伺うように視線を向けていたジェイルだったが、興味を無くしたかのようになのはから視線を逸らす。ジェイルが視線を向けた先には窓があり、そこからは夜空が覗いていた。
 煌めく星屑。そして月。僅かにかかる雲。そんな夜空の姿を見つめながらジェイルは静かに口を開いた。


「ちっぽけだね。高町君」
「…いきなりなんですか?」
「あそこに輝く星の光は何万年も前に輝いた光らしいよ。ここに届くまで長い旅をして僅か一瞬、あんな小さな光の為に輝いていると思うと馬鹿げていると思わないかい? 星の光なんて」
「……」
「だけど、私はそんな星が嫌いじゃない。むしろ、好きなのかもしれないね」


 なのははジェイルを見た。そこに居たのは、空虚だった。ジェイルの金色の瞳は何も移していない。星の姿も、光景も、感情も。その瞳には何も無かった。ただあるのは金色の闇だけ。虚無の瞳だけ。


「…以前、話した事があると思うがね、高町君。私はフェイト・テスタロッサと同じような生まれだ。彼女が「アリシア・テスタロッサ」を望まれた存在だと言うように、まぁ私も製造理由というのがあってね」
「製造理由って…」
「間違ってはいないだろう? まぁ、その為に生まれた訳だが…フェイト・テスタロッサは失敗だった訳だ」
「…っ…」


 ぎり、となのはは歯を噛む。それはまるでフェイトを愚弄されているように聞こえてなのはの感情を逆立てる。だが、それでもなのはが直接的な行動に出なかった。否、出れなかったと言うべきか。
 なのはは呑まれていたのだ。ジェイルの闇とも言えるような空虚なその瞳に。その空気に。故になのはは食ってかかる事が出来なかった。ただ不愉快げに眉を顰めるのみ。なのはの様子に気付いているのか、気付いていないのか、ジェイルは話を続ける。


「…あぁ、羨ましいな」
「…え?」
「欲しかったなぁ、その在り方が。ただ求められる訳でもなく、刷り込まれた物でもなく、それしか信じられぬ訳でなく、自ら選び、信じ、生きていく。迷って、苦しんで、足掻いて、無様でも、泥臭くても、そんな生き方が……、っ…!」


 そこまで口にしてジェイルはハッ、とした顔で口元を押さえた。なのはを伺うように視線を向け、そしてどこか唖然としているなのはを見て眉を歪める。それからはぁ、と溜息を吐き出して苦笑を浮かべる。


「失敬。どうも要らん事を口走ったようだね」
「…ジェイルさん、貴方は…」
「……UCATに来てから尚感じた。私は所詮、定められた生き方の中でしか生きられない。人は自らの知る事しか知らない。それは正しくて、それを理解する事は出来ない。理解できたつもりになって、結局は何も変わらない。私は変わったと思ってもそれは結局私の定められたものへと行き着く」


 はは、と笑い声を漏らしながら語るジェイルの姿になのはは思わず胸を締め付けられた。それは、その姿はあまりにも見ていて痛々しい。彼は笑っている。それは楽しそうに、だけど、諦めたように。
 それは狂っていると言っても良い。本心からそれは笑えていない。心の1から10が同じ心には絶対にはなれない。仕組まれて、操られて、それは自分自身の意志で笑っていない。まるで操り人形。そしてその操り糸を切り離す事も出来ず。


「…私の夢はね、高町君。生命操作技術の完成だ」
「…それって」
「言わば、生命を自由自在に操る技術だ。人の命を救い、延命する。聞こえは良いが、所詮はそんなのは蓋を開ければ永遠に生きたいという死に怯えた愚者の欲に塗れた汚れた願いにしか過ぎない。そんな技術が完成すれば世界は崩壊する。どれだけ隠しても、闇はいつか光にテラされる。私は、世界を壊す為に生まれたんだ、そう思えば笑いたくて仕様がなくなる。研究を止めたい、とは思わないんだ。不思議な事にね。刷り込みなのか、それとも私自身が望んでいるのか正直わからない。わかりたくないのかもしれないし、興味が無いのかもしれない。ただ私はきっと喜んで世界を壊すだろう、と確信している」
「…何故、そんな話を私に?」
「……」


 なのはの問いかけにジェイルは一度、口を閉ざす。それから何かを言い篭もるように口を動かし、結局何も言わずに無為に時間だけが流れていく。なのははそんなジェイルの挙動を不審そうに見つめるだけだ。
 どれだけの間を置いたのか。ジェイルはふぅ、と息を吐き出してなのはを真っ直ぐに見つめて。


「最初は、ただの興味だったんだ」
「え?」
「御神恭也の偽物である君が、どんな風に生きていくのか。ただ観察するつもりだっただけだ。…だが……そうだね、私は、君が好きになったんだろうね」


 は? と。なのはは思わず呼吸を止めた。好き、と告げたジェイルはいつもと同じような表情でなのはを見ている。なのはは思考を停止したままだ。ジェイルの意味が捕らえきれない。
 だが、少しずつ思考が動いてくるとそれがどういう意味で、何を思ってジェイルがそんな事を口にしたのかを考える。真っ先に浮かんだのはからかわれてる? という疑問だ。あぁ、そうなんだ、となのはは思えば波だった心が落ち着いて。ここは適当にあしらうべきなのだろう、と。


「…やだなぁ、からかわないでくださいよ」
「からかってるつもりは無いがね」
「な…っ…!?」
「私は君に惹かれてる。今までの誰よりも、君を見てると思う。君の生き方が余りにも眩しいんだ。そして恋い焦がれる。だから手を貸したいと思うし、君の行く先を見たいと思う」


 素面で言い切るジェイルになのはは何故か逆に落ち着いてくるのを感じた。なのはとて恋人という関係を知らない訳じゃない。知識では知っているし、恋物語を知らないという訳ではない。
 だが、緊張は無かった。何かがピッタリと嵌るようになのはは落ち着くのを感じた。訳がわからないが、それでも落ち着いた自分は冷静になって物を考えられる。逆に何かが吹きれたのかな? とも思ったが、やはりわからない。


「私は私の全てを含めて、君の事を見守りたいと思うし、君がこれから何をしでかしてくれるのかと楽しみにしている。君は私にとって最高のサンプルであり、私の心を震わせてくれる」
「…サンプルって酷い言い方ですね」
「だが、正直に言おう。私はそれしか知らないし、君に偽るつもりもない。君をこの世界に引き込んだのも私だしね。覚えているだろう? 君の撃墜事故を」
「…! あの起動兵器は…ジェイルさんが?」
「あぁ。テストも兼ねてね」


 怨むかい? と問うようにジェイルはなのはを見る。その姿になのはは目を細める。ふぅ、と息を吐き出して立ち上がり、ジェイルの方へと歩み寄っていく。
 ぱぁん、と。頬を平手で打つ音が響いた。ジェイルは軽く顔を背け、なのはは平手を振り切った体勢でジェイルを見つめる。ジェイルがなのはへと視線を戻すと、なのはは長く深い息を吐き出して。


「…これでチャラにしてあげますよ」
「…この程度で許してくれるのかい?」
「ジェイルさんには、まぁ、感謝してますから。その分は全部帳消しにして、それでこの一発で許します」
「…はは、お優しい事で」
「…違います。確かに許せないけど…だけど、だからと言って私は誰かを怨み続けるなんて出来ないだけですから」


 そう告げてなのははジェイルから視線を逸らそうとする。だが、ジェイルは表情を消してなのはを見据えて告げた。その一言はなのはの思考を一時停止に追い込んだ。


「でも、感情はそんな簡単に納得してくれるものかい? 本当は私を許せないんじゃないのかい?」
「――――っ!!」


 鈍い音が響いた。なのはがジェイルに向かって震ったのは拳だ。ジェイルはその拳を今度は掌で受け止める。なのはが力を込めているのでその手は震えている。なのははジェイルを睨み付けている。その瞳には隠しきれぬ怒気が見える。
 なのはは肩で息を荒く吐く。明らかに興奮しているその姿をジェイルはただ静かに見つめる。対してなのははそのジェイルの瞳を見てこう思う。――気にくわない、と。


「何でっ、貴方はっ!」
「……」
「怨みたくないって! 言ってるじゃないですか!! 何で煽るんですか!? 何で、何でっ!?」


 なのはは再び拳を振り上げる。今度はその拳がジェイルの胸元へと叩き込まれる。その拳にジェイルは僅かに顔を歪めるが、今度はなのはの手を止めはしない。なのはは何度もジェイルの胸を叩いて、そのままジェイルの胸ぐらを掴み、歯を噛み締める。
 ジェイルの浴衣を握りしめて、なのはは体を大きく震わせる。まだ興奮から収まらないのか、なのはの肩は上下を続けている。そしてなのはは叫んだ。それはまるで血を吐くかのような叫びだ。


「痛かった!! 凄く痛かった!! 皆に迷惑かけて、どうすれば良いのかとか全部わからなくなって!! リハビリも苦しくて、辛くて!! 魔導師としてまた空を飛べるのかどうかとか色々な事を考えなくちゃいけなくて!! 苦しかった!! 凄く苦しかったんだよ!! 全部、全部貴方が…っ…!!」


 はっ、となのはは荒く息を吐き出して言葉を止める。そのまま髪を振り乱すようにして頭を振って。


「――私は、こんな醜い私なんて嫌なのにっ!!」


 良い子にならなきゃいけない。理想であらなきゃいけない。それは過去に形成した人格。なのはは理想を追う。そこに幸福があると信じて、どんな我慢だって出来る。そうして突き進む事が出来るのがなのはの強さだ。
 信じ切ってしまえば、痛いのも、苦しいのも、怖いのも、押し込めてしまえる。そうすれば理想の道が見えてくる。そうすれば頑張った分だけ幸せになれる。そう信じて、叶える為に頑張って、叶って、自分は幸せになった。
 だが、だがだ。なのはは気付いたのだ。気付いてしまったのだ。目の前の青年が自分にとって、毒のような存在なのだと。自分は望める。望めてしまう。だけどその分だけ支払う代償が大きくなって、我慢しなきゃいけない事がどんどんと重くなっていく。それはそう、ジレンマだ。
 彼は教えてくれる。自分の知りたい事を。だがその分だけ、なのはは知りすぎてしまう。この概念戦争に巻き込まれたのも彼がキッカケで、彼の下にいるドゥーエ達の導きで戦場へと至って、こうしてなのはは更なる力を望める。望めてしまう。だからこそなのはが抱く理想が高く、遠くなっていく。それは決して届かない理想ではないけれど、でも、遠い。


「理想と違う事がそんなにも苦しいことかい?」
「だってそうじゃなきゃ幸せになれない!」
「人を怨むのがそんなに醜い事かい?」
「だって人を傷付けるもん!」
「人を傷付ける事はそんなに醜い事かい?」
「だって痛いもん!」
「痛みが無い人生が本当に幸せかい?」
「痛いのは嫌だよっ!」
「君は傲慢だな。君は知るな、と言う。ただ笑っていろと君は言うんだな?」
「痛みなんて知って何になるの!? 苦しいのは嫌だよ!! ジェイルさんはどうして私を苦しめるのさ!! 私、…嬉しかったよっ! 自分の為に生きて良いんだって!! 幸せになっても良いんだって!! でも、でも…苦しいよ…っ!! 重いよぉっ!! 好き勝手に生きるって、こんなに、苦しいなんて知らなかったよぉっ!!」


 なのはの瞳から涙が零れ落ちる。それは挫折。あまりにもその理想は高い。届かない訳ではないけれど、それでも支払うものはやはり大きくて。だけど、彼は望んでも良い、という。それは嬉しいけれど、同時に苦しくて、重たくて。
 なのはの慟哭を聞いてジェイルは頷いた。そっとなのはの手を握り、空いた片手をなのはの背へと回した。どこかぎこちないその手の動きになのははびくり、と身を震わせる。


「そうだ。苦しい事だ」
「っ! 嘘! わからない癖に! わかった風に言わないでよっ!! ジェイルさんに私の何がわかるって言うのっ!!」
「わからない。言ったろ? 知ったつもりになるだけだ、と。だから私は知ったつもりなだけで何もわからない。――だけど、それを限りなく「知っている」に近づけたいと思っている」
「どうしてっ!?」
「君が、私の理想になってくれるからだ。そうすれば私も幸せになれる。その結果を見て満足が出来る。私は諦める事しか出来ない。抗う気もしない。それはやっぱり私の願いだからだ。だが、私はそれでも夢を見たい。夢は夢で良い。夢は理想にならない。だが、なって欲しいと思うのは…傲慢だろうか? 残酷だろうか? …いや、傲慢で、残酷なのだろうね。だって私は今、君を泣かせてるから」


 ジェイルは膝をつく形でなのはと視線を合わせる。見つめあう形になる2人。なのはの瞳には涙が浮かんでいて潤みを帯びている。その瞳を見つめながらジェイルは告げる。


「私は夢が見たい。君の叶えたい夢が見たい。それを見て私は満足が出来る。私は私に諦めを感じている。だからこそ諦めを感じない君の諦めない力になりたい。君の全てを見てみたい。そうすれば……私の最高の夢になる。それは幸せな事だ」
「…ぁ…」
「君の幸せが私の幸せになってくれる。だから私は君を知りたい。君を知る事が君の力となるなら。君を留める涙を止められるなら、君を戸惑わせる迷いを断ち切れるなら、私は君の全てを受け止めたい」


 そして、2人の間には時が止まったような沈黙が流れた。なのははただジェイルを見つめているし、ジェイルもまたなのはを見つめたまま動かない。そのままただ無為に時間だけが流れていく。
 はらり、はらりとなのはの涙は止まらない。そしてなのはは小さく唇を震わせたかと思えば、瞳を閉じた。ぎゅっ、と強く、固く瞳を閉じて小さく体を震わせた。


「……ばか……」
「…ん?」
「…ばか、ですよ、ジェイルさんはばかです。こんな、私、まだ小学生なのに、子供なのに、そんな子供に何言うんですか?」
「君はただの子供じゃないだろう? 稀代の天才魔導師にして、最強とされた御神の剣士の血筋だ。だから君に私は理想を見れる」
「私、途中で諦めちゃうって思わないんですか?」
「君はそんな弱くはないと私は思う。弱かったとしても、君なら立ってくれるんじゃないかと夢を見られる」
「そんなの、ただ重たいだけですよ」
「だけど君は君自身がそう願ってくれるんじゃないかな、と私は思う」


 ジェイルの言葉を聞いて、なのはは、そうですか、と消え入りそうな声で呟いて。
 そして、ゆっくりと顔を上げた。そこにはぼろぼろと先ほどよりも涙を零すなのはが居た。肩で息をして、瞳を閉じて何かに堪えるように声を押し殺している。そんな姿を見てジェイルは僅かに笑みを浮かべて。


「…君は、やっぱりただの子供なのかい?」
「…いいえ、私は魔法使いで、御神の剣士です」
「いいや、それでも君は諦めてしまうかもしれない」
「諦めません。私、頑張れる子だから。そうすれば幸せになれるって思うから」
「君の望みはあまりにも高くはないかい?」
「でも、きっとその分だけ幸せになれると思ってます。……だって…」


 すぅ、となのははそこで一度言葉を切る。震えそうになる唇を必死に堪えながら、なのはは確かにその言葉を口にした。


「馬鹿みたいに、私を信じてくれる人がいるから。だから…嫌でも、辛くても、信じて良いかな、って、思えますよ」


 泣き笑い、まさにそんな表情でなのはは告げた。堪えるような表情を浮かべたまま、体を震わせてなのはは微笑む。歯をかちかちと震わせながらも、それでも笑っている。苦しそうにも見えるが、だけど彼女は笑うのだ。
 そんななのはをジェイルは抱きしめた。その髪を梳くように、その体の震えを受け止めるように。なのはが感じるぎこちなさは消えない。だが、そのぎこちなさがどことなく心地よさを感じるのは何故なのだろうか。


「…ねぇ、ジェイルさん」
「…なんだい?」
「夢のその先で…待っててくれますか? 足を止めそうな現実でも信じてくれますか? こんな私だけど……本当に、信じて、くれますか?」
「…あぁ、信じよう」
「…本当に?」
「あぁ。だから聞いて良いか? 苦しい現実を乗り越えてきて貰って良いかい? 夢のその先で君を待っていたい。…本当に君を信じて良いだろうか?」
「……ぅん」


 それは、消え入りそうな返事だった。なのははえへへ、と小さく笑いを零した。


「どんなワガママでも、許してくれますか?」
「許さないワガママなんてあるなら言ってみてくれたまえ。君のワガママはきっと私にとって楽しい事だと思うんだ」
「…そっか…。……なら…ジェイルさん?」
「…ん?」
「名前で、呼んで? ジェイルさんはもう、他人じゃないよ。知り合いでもない、もう、そんな単純じゃ嫌だよ」
「…可愛らしいワガママだ」


 くくく、と喉を鳴らせるようにジェイルは笑ってなのはの頭を撫でた。なのははその感触に目を細めて、ジェイルに体重をかけるように体勢を崩した。その頬には涙がこぼれて、まだ苦しそうに息を荒らげているが、確かな笑みがそこにはあって。


「…なのは君」
「…わぁ…なんか変な感じする。…で、何ですか?」
「呼べと言ったのは君だろう? まったく」


 くしゃくしゃ、とジェイルはなのはの髪を軽く乱暴気味にかき混ぜる。なのははそれを首を振って振り払う。だがジェイルから離れようとしない仕草にジェイルは思わず鼻を鳴らして口元を緩める。


「…ねぇ、ジェイルさん」
「なんだい?」
「…私ね、自分勝手に生きるって決めて良かったと思う。だけど、怖かった。きっと私は凄いワガママになっちゃうから、皆に嫌われちゃうんじゃないかな、って」
「…そうなのか」
「気にしない、って、やっぱり出来ないなぁ、だって一人は凄く寂しいんだもん。でも、私はそれじゃ駄目になるんだ。そうじゃないと寂しいのが嫌で、また我慢して…」
「…あぁ」
「…だからね。だから、ね…今…すっごく嬉しいよ…泣きたくなるぐらい嬉しいよ…。私、本当に信じて貰ってるんだなぁ、って思うと…一人じゃないって思うと嬉しいよ…」


 ありのままの自分。それはきっと凄いワガママな自分で、だけど、それを我慢して生きるのはきっと前の自分。だからありのままに生きる事は止めたくない。だけど、一人は冷たい。寂しい。だから怖かった。
 その恐怖を解くように、ジェイルの言葉は有り難かった。それは同情の言葉でも何もない。それは、また彼自身のワガママなのだから。そう、我がままに、自分のままで真っ直ぐに求めてくれる。それは…何という幸福なんだろう、と。


「…一人にさせないさ、君は私の理想を叶えてくれるなら」
「…うん、叶えてみせるよ。私の願いだから」
「あぁ、楽しみだなぁ。私はそんな夢が見たかった」
「私も、そんな夢のような自分になりたいよ」


 そのまま、2人は瞳を閉じて体を預け合う。とん、とんとジェイルがなのはの背を優しくリズムをつけて叩く。何気なしにジェイルが口ずさんだのは地球に住むようになってから歌うようになった「清しこの夜に」。
 なのはもその歌にあわせて小さく歌う。それは決して大きな声ではない小さな口ずさみ。だが、2つの声は確かに静かに歌を歌っていた…。





    ●





 きゅっ、となのはは靴紐を結び直して旅館の入り口を出る。既に朝日が昇っている。その朝の日差しの眩しさに思わず手を翳す。晴れ渡る空に浮かぶ太陽は雪によって白化粧した街を明るく染める。
 その光の下、なのはを待っているのは運転席に座っているウーノ。助手席で窓から身を乗り出して腕を出した体勢でこちらを見ているドゥーエ。その後ろの席にはボロボロのクアットロを挟むようにチンクとどこか不満げなトーレがいる。
 そして、開いたドアの前でジェイルが立っていた。ジェイルはそっとなのはに手を差し伸べた。


「……さぁ、行こうか?」
「……うんっ!!」


 互いに浮かぶのは笑み。なのははジェイルの手を握り、そのまま彼の手を引くようにして車へと乗り込んだ。向かうは御神家屋敷跡。再戦の時は間近に迫っていた…。

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